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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

『災厄の町』 エラリイ・クイーン

エラリイ(ー)・クイーン 越前敏弥 ミステリー 翻訳本 読書会

 

災厄の町〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

災厄の町〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

 ハヤカワ文庫から出たエラリイ・クイーン(角川ではエラリーという表記です)の新訳版。初期の国名シリーズでは、さまざまな難事件を、まさに快刀乱麻を断つ勢いで次々と解決していた若き探偵エラリイが、このあたりから、事件の背景にある登場人物のドラマに巻きこまれて苦悩するようになり、謎解きより人間を描くことに重点を置き始めるようになった作品、とのこと。

 昨日の読書会でもらった資料によると、本格ミステリーの時代が1930年代で終了し、ダシール・ハメットなどのハードボイルドが台頭してきたのに影響され、エラリィ・クイーンも作風の転換をはかったらしい。なんだか、1970年代の劇画ブームに対抗するため、『ブラック・ジャック』を書きはじめた手塚治虫先生のようなエピソードですね。

 しかし、とは言え、それまでの作品すべて読んでいるわけではないけれど、国名シリーズでも『エジプト十字架の秘密』なんかは陰惨かつ悲劇的でおもしろかったし、悲劇といえば例の悲劇四部作もじゅうぶん読みごたえがあるのだから、そんなに意識的に作風を転換しなくてもよかったのでは、と現在の視点では考えてしまいますが。

 そのせいか、昨日の読書会でも話に出ていたように、謎解きの要素は少なく(動機があり、かつ犯行を実行できる場にいた人間がきわめて限られている)、少し肩すかしの感はあるけれど、ライツヴィルという架空の田舎町での人間ドラマとして楽しめた。読書会の資料では、ここに出てくるライツヴィルの住人を全員リストアップしていて、ストーリーを読んでいるときはあまり気に留めなかったけれども、作者はこれだけ入念に町を作りあげていたのだと、あらためて驚いた。ライツヴィルは、このあとの作品でも舞台として登場するのだが、ずっと「秘密も慎みもなく、残酷さがあふれている」町なんだろうか。
 
 あと、『中途の家』と同様に、野心を抱いた独立心旺盛な若い男が挫折し、最終的には自分の結婚生活を破綻に導くというプロットなのは、異常なまでに景気が良かった二十年代から一転して、第二次世界大戦前の大恐慌に陥った世情も影響しているのでしょうか。
 ちなみに、この小説は「配達されない三通の手紙」として、日本で映画化されていて、いろんな意味で見応えのある作品らしいのですが、昨日の読書会でも、やはり、当時三十前で色気むんむんだった(映画を見た人の言葉によると)松坂慶子の全裸シャワーシーンが話題になっていて、早く見ないとと思いました。