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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

『その女アレックス』 ピエール・ルメートル

 

その女アレックス (文春文庫)

その女アレックス (文春文庫)

 

  あまりに売れすぎたせいか、翻訳ミステリー大賞・読者賞は逃したものの、去年から今年にかけて一番話題をかっさらったのは、この本に間違いないでしょう。

 まずは、非常勤看護婦であるアレックスがウイッグを買い、まるで別人のようになった気分を味わい、かすかな高揚を感じる、“女子ミス”と言ってもいい微笑ましい場面から始まる。アレックスは「どんなファッションでもだいたい着こなす」ほどの美人であるが、「元来がコンプレックスのかたまり」であり、ウィッグを身につけ、

本当に人生が変わるわけではないとしても、そんな気分が味わえれば楽しい。もはや人生に期待などしていない身としては、楽しめるだけでもありがたい。

と思う。人生に期待せず、また恋愛にも絶望しているアレックスが、いつものように独りの食事を楽しんだあと、男に襲われ連れ去られて、監禁されてしまうのだが……

 どの書評でも言われているように、ここから話は二転三転して、思いもよらない事実が次々とあかるみになり、まさに一気読みしてしまった。アレックスの正体が明かされ、事の真相を知ってからこの冒頭部を読み返すと、最初に読んだときよりいっそう切ない気持ちになる。

 そして、最近のミステリーの定番のように思えますが、真相を追う警部カミーユもまた、かつて妻のイレーヌが妊娠八ヶ月で誘拐され殺されたため、心の傷を負っていて、誘拐事件は一切やらないと決心していたのだった。しかしこのカミーユ警部、身長が百四十五センチと超小柄であるにもかかわらず、常に物事を ”俯瞰” してみるよう心がけている優秀な警官なのだけど、特別サイズの椅子から降りて、相手をおどろかせたりするところなどは、どうしても池野めだかみたいな姿が浮かんで仕方なかった。飼っている猫も小さいという小ネタ(?)もいい。
 カミーユの低身長は、画家だった母のニコチン中毒のせいであり、複雑な愛憎のからまった母の絵を処分しようとするエピソードが、最後には切っても切れない家族の因果という全体のテーマにもつながり、この小説に血を通わせる効果をもたらしている。

 結末については、賛否両論あるのかもしれないが、「われわれにとって大事なのは、警部、真実ではなく正義ですよ」という台詞が作者のスタンスなのでしょう。犯人を推理して当てて(捕まえて)カタルシスを得る、というのがミステリーの定義ならば、この本はそこから外れるので(事実がだいたい後から語られるので、推理することも不可能)、ミステリーというよりサスペンスの読み物と考えた方がいいかもしれません。また、残虐な描写も多いので、読む人も選ぶような気もします……と考えたら、こんなにヒットしたことが奇跡的なようにも思えますね。