快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

『カクテル・ウェイトレス』 ジェームズ・M.ケイン

 

カクテル・ウェイトレス (新潮文庫)

カクテル・ウェイトレス (新潮文庫)

 

    ちなみに、翻訳ミステリー大賞読者賞は、ミュリエル・スパークの『バンバン!はい死んだ』(まあ、ミステリーと呼べるかどうか疑問ですが)と、前に書いた『養鶏場の殺人/火口箱』に投票し、最後の1票を前回の『その女アレックス』と、この『カクテル・ウェイトレス』のどちらに入れるか迷いました。結果、現役の作家の作品という点で『その女アレックス』の方に入れたのですが、こちらもおもしろかったです。

   この本は、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』のJ・M・ケインの遺作であり、解説によると散逸した原稿を編集者がときには大幅に削除したり、ときには前の原稿を復活させたりと、大きく手を入れてまとめたものらしいが、苦労の甲斐あってか、そんな痕跡なんてまったく感じられないほど、話が一貫してきちんとまとまっていて非常に読みやすい。訳文もまったくひっかかりはなく、ふだん翻訳小説を読まない人もスムースに読めるのではないでしょうか。

 ストーリーはというと、今でも感心するくらい次々出てきますよね。周囲の男が次々と謎の死を遂げてゆく女。
 この本の主人公ジョーンも、暴力夫が突然自業自得のような事故をおこして死に、最愛の息子を義理の姉に取りあげられ、息子を取り返して一緒に暮らすためには、なによりまず金がいるので、バーのウェイトレス、まあ正確にいうと、ちょっと高級のキャバクラのような店で働き出すと、早々に年老いた大富豪に求婚され、また一方で、野心ある若い男にも恋されてしまうという、こう書くとハーレクインロマンスのような(読んだことないけど)話ですが、どんどん主人公のまわりは血なまぐさい様相になり……

 主人公ジョーンを語り手にしているところが、この本の一番大きなトリックであり、まさに「信頼できない語り手」なので、事件の真相について、第三者から明かされることはなく読者が推測するしかない。どこまで彼女の計算ずくなのか、あるいは、勝手に事が進んで、運よく望むものを手中におさめたのか。
 そして、この最後の最後にしかけた作者の意図は。勧善懲悪のようなものを表したかった作者の正義感か、もしくは、人生そううまくはいかないよ、と嫌な後味を残したかったのか。なかなか一筋縄ではいかない作者だというのは感じる。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』も新訳が二つくらい出ているので、読んでみようかと思います。

 ところで、解説によると、レイモンド・チャンドラーはケインを激しく嫌っていたとのことで、「彼は油じみたオーヴァーオールを着たプルーストであり、板塀の前でチョークを持つ薄汚い小僧だ」とののしっていたそうですが、さすがチャンドラー、悪口にも巧みな芸がありますね。プルーストのくだりはともかく、後半部分はなにを言いたいのか、いまいちピンときませんが。