快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

『快適生活研究』 金井美恵子

 

快適生活研究 (朝日文庫)

快適生活研究 (朝日文庫)

 

  先日『お勝手太平記』を読んだら、やはりこちらの『快適生活研究』を読み返したくなった。
 そう、あの強烈キャラのアキコさんは、この本の「そんとく問答」という短編で、鮮烈なデビュー(?)を飾ったのでした。やはりこのときから、マリコさんの別れた夫のことを「半狂人のGさん」と呼んだり、今の夫のUさんについては「子供が二人もいるあなたを愛して結婚したというだけで、稀れにみる好人物だってこと良くわかるんですけれど」と言いつつ(これもえらい失礼な物言いだが)、「ほんとにぞっとして苛々する」とつけくわえる。
 そして家政婦の杉田さんをすっかり気に入って、例のごとく手紙を送りつけ、「私が手紙の中で他人への批評や批判めいたこと(普通の言い方をすれば、端的に悪口ということになるわけですが)を決して書いたりしないってこと、理解してくださると思うの」と言ってのける。「私は、ただ報告しているだけ」と。この論理展開、見習いたいですね。

 またまたアキコさんに気をとられてしまったが、この本では、金井美恵子の小説のなかでももっとも人気があるのではないかと思う、『小春日和』『彼女について私が知っている二、三の事柄』から続く桃子と花子の話も収録されている。
 といっても、彼女たちが劇的な恋におちたり、「意識高い系」の人になって自己啓発本を読みあさって仕事に邁進したり、ということは当然ながらなく、前二作と同様、ボロアパート紅梅荘での生活がだらだらと続いているのだが、けれども、『彼女について私が知っている二、三の事柄』の終わりの方で示唆されていたように、そういうある意味優雅で高踏的な日々がいつまでも続くわけでもなく、桃子は母親の再婚相手である並木さん(謎の金持ちという印象しかないが)の口添えで地方の女子大の講師として就職することになる。また、バイト先の塾での講師仲間だった小林は、まさに「意識高い系」でありそうな高校時代の同級生(小説の中でも“ネオリベ女”と呼ばれている)と結婚して“主夫”の道を進む。
 と、それぞれがそれぞれのやり方で現実社会にコミットしていくさまを描いているのだが、それがいかにも現代の社会問題――ニートとかワーキングプアとか――を小説に取り入れましたよ、という感じではまったくなく、いたって自然で、『お勝手太平記』のところでも同じことを書いたけれど、すぐれた小説は、あえて“社会派”と銘打っていなくても、時代の空気が如実に反映されるのだなと感じた。
 そして、桃子が、地方に行っても紅梅荘は引き払わないと決心し、そこへ新たな少女である純子が、じゃあその部屋を貸してほしいと申し出るくだりが、うっとおしい現実に対抗する女の子の魂が引き継がれていく象徴のように感じた。

 最後はまた、手当たり次第に機関銃を乱射するようなアキコさんの手紙でしめくくられているのだが、ターゲットというか、直接手紙が送られたわけではないので流れ弾にあたったというべきか、中野勉が身に覚えのない書評の濡れ衣を着せられたことへの反論で終わっている。「私は文学上でも生活上でも女性差別主義者ではないのです」と。その問題の本『あなたに不利な証拠として』はおもしろそうなので、読んでみたくなった。

 

あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)

あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

  あと、金井美恵子の本すべてそうなのですが、姉の金井久美子による装丁が可愛らしく、「そんとく問答」のコラージュなど部屋に飾りたいなーと思った。
 一番と言っていいくらい印象に残るのが、アキコさんを筆頭にみんなが絶賛する杉田さん特製の、バターとパルメザン・チーズのクッキー。こういうのもほんと快適生活に欠かせないものですね。