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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

暴力から人間は立ち直ることができるのか? Roxane Gay 『An Untamed State』

 

An Untamed State

An Untamed State

 

   前回のミネット・ウォルターズ『悪魔の羽根』は、拉致体験から女性が立ち直る様子が描かれていたが、拉致体験そのものを克明に描いた小説として、Roxane Gay(アマゾンのインタビューなどを見たところ、ロクサーヌ・ゲイという読みでよさそうだ)の『An Untamed State』を思い出した。

  私がRoxane Gayを知ったのは、ネットのbitch mediaでたまたま

bitchmedia.org

を読み

その内容と『Bad Feminist』というタイトルが気になって、すぐにkindleで購入して

“I openly embrace the label of bad feminist. I do so because I am flawed and human.”

という、高らかな宣言に心を奪われた。

 正しいフェミニストになんかならなくてもいいのだ、たとえ正しくなくともフェミニストを名乗ってもいい、だって人間なのだから、いつもいつも完璧に正しくなんていられない――というその言葉に、深く頷いた。

 

Bad Feminist: Essays

Bad Feminist: Essays

 

 『Bad Feminist』については、彼女が出たこのTEDのブログ

blog.ted.com

で詳しく書かれている。本の中で、ゲイ自身もフェミニストでありながら、ついつい男尊女卑的な価値観やスラングだらけの歌詞のラップミュージックを愛聴してしまうことを告白したり、レナ・ダナムによる話題のドラマ「GIRLS」に言及しているあたりもおもしろかった。


 で、この『Untamed State』は、作者のルーツでもあるハイチを舞台にした小説である。

 ハイチの上流階級である両親を持つMirelleは、アメリカで育って、そのままアメリカの大学に通い、そこでネブラスカ出身のMichaelと出会って結婚して、息子も生まれ幸せに暮らしていた。が、ある夏、両親や一族に会いに、Michaelと息子とハイチに里帰りするが、突然何者かに連れ去られて拉致されてしまう……


 この小説では、ミネット・ウォルターズがあえてブラックボックスにした場面――誇り高い女性が、捕らえられて手足を拘束され、暴力を受けて、人としての尊厳が損なわれていく様子が容赦なく描かれている。
 また、この誘拐の背景には、豊かなアメリカと隣国でありながら貧困に苦しむハイチの社会があり、そして、Mirelle一家は、そんなハイチの庶民とはっきり隔たった特権階級であり、アメリカの豊かさを享受してきたことも描写されている。

 さらに考えさせられたのは、Mirelleの父親は、このハイチの厳しい社会で生き残って成功した、鉄のような意志を持つ非常に誇り高い人物であるのだが、誘拐犯に屈服することをよしとせず、身代金をなかなか支払わなかったので、Mirelleの監禁はどんどんと長くなり、くわえられる暴力が激しくなっていくところだった。

 現在進行形の事件と並行して語られるMirelleの回想――厳しい父からの圧力や、ハイチではどれだけ特権階級でも、アメリカでは有色人種の移民として扱われることで屈託を抱えた少女だったMirelleが、ピュアでまっすぐなアメリカ人Michaelと出会って恋におちるラブストーリー――が少女マンガのようにロマンティックなだけに、誘拐や暴力のおそろしさが一層きわだった。

 この小説でも、監禁のあと、Mirelleが傷を癒して、人間としての尊厳を回復することができるのかが大きな焦点となっているが、
 いろいろあったけどMichaelの愛によって立ち直ることができました、みたいな簡単な話ではもちろんなく、やはり一度損なわれたものは、元に戻すのはほんとうに難しいというのがよくわかった。

 作者自身、上記のように “Bad Feminist” を名乗っているだけあって、誘拐や暴力→完全な悪、トラウマ→愛によって癒される、みたいに一元的、かつ単純なポリティカリーコレクトに書いていないので、ちょっとしんどくもあり、読みやすくはないのだけれど、それでも、作者も読者もともに、最後には希望を見出したくなる話でした。