快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

勝手に犯人推理 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』 村上春樹

  下記からは、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の内容にふみこんでいるので、“ネタバレ” が嫌なひとはお気をつけください。

 

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

 

  ところで、『女のいない男たち』に絡んで、村上春樹の最近の本についてネットの意見を見ていたら、最新長編の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』について、シロを殺した犯人について、さまざまな推理があることを知った。


 ネットでは、物語上ほとんど登場しない“シロの父親”犯人説が多いことを知って、おどろいた。まあたしかに、シロが父親から性的虐待を受けていたとすると、謎の妊娠やメンヘラになった理由も納得できる。


 が、私はもっと単純に、つくるが自分でも想像を働かしているように、つくる自身が犯人だと思っていた。現実的な整合性をつけるとするならば、多重人格ということになるのかもしれないが、むしろ、『海辺のカフカ』で、カフカ少年が父を殺そうとし、そしてナカタさんがジョニーウォーカーを殺したような、いつもの村上春樹ワールドのトリッキーな世界の中で、メタフォリカルにおこった殺人なのかと解釈していた。(といっても、シロが殺されたのは新聞にも載っている事実なのだが)


 私の解釈は、シロが自分でも言っていたように、コンサートのため東京に行ったときにつくるの家に泊まった。そして、シロの方から、愛の告白的なものか、あるいは純粋な誘いをかけて、合意の上で性行為におよぶ。つくるはシロと恋人になったと思っていたら、シロは名古屋の仲間たちに「つくるにレイプされた」と言いふらし(メンヘラ女のしそうなことだ、と思ってしまう)、つくるは仲間たちから絶交を言い渡された。そのせいで、死を考えるくらい絶望したつくるは、どうしてもシロのことを許すことができずに……というものである。

 根拠としては、つくるが異常にリアルなシロとの性交を何度も何度も夢に見ることや、またネットでも指摘されていたように、シロが殺された時期とつくるの父が病気で亡くなった時期は非常に近い。つくるが、死の淵に瀕した父を見舞ったことも書かれている。つまり、つくるは父を見舞って、その帰りに(行きではないでしょう)、シロの家に行ったのではないか、と推測していた。シロが浜松という、ちょうど名古屋と東京のあいだに住んでいたことも、もちろん大きな根拠だ。(まあ、シロはピアニストなので、ヤマハ絡みの仕事をしていたという設定なのでしょうが)

 シロは、綿谷ノボルやジョニー・ウォーカーのように「大きな悪」に乗っ取られ、回復できないほど損なわれてしまったのだ。そして、つくるは自分の中で、記憶をすべて作り変えてしまったのだ、と……

 ちらっと立ち読みした、佐藤優斎藤環のこの本にも、「つくる犯人説も否定できない」と書かれていたように思う。(立ち読みで言うなって感じですが)

 

反知性主義とファシズム

反知性主義とファシズム

 

  ただ、ネットに書かれていた、沙羅が、シロの二つ上の姉である可能性については、たしかに!と感心し、おおいに納得した。それは気づいてなかった。“沙羅双樹”は白だ。沙羅は、シロの死の真相を探るために、つくるに近づいたということなのか。不倫のようなにおいもプンプンするが、年上の恋人もいるようだし。

 いま読み返すと、最初の方に、つくるはシロのお姉さんと「気が合って(妹ほど目立たないけれど、やはり美しい女性だ)」「ちょっとした冗談を交換するのが常だった」と、意味深な描写がある。つくるの話を聞いた沙羅は、「記憶をどこかにうまく隠せたとしても、深いところにしっかり沈めたとしても、それがもたらした歴史を消すことはできない」と、「彼の目をまっすぐ見て」言う。


 が、ここまで書いて言うのもなんですが、この作品で一番の謎は、灰田くんだ。つくるがシロとの性交を夢にみて射精をするが、「実際に受け止めたのは、シロではなく、なぜか灰田だった」というところは、ギャグかと思った。彼はまた、どこかの作品で顔を見せることを期待したいですね。