快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

完璧に清潔で安全で心優しきセカイへの戦い 『ハーモニー』 伊藤 計劃

そう、ミアハの言うとおりだ。
だからこそ、わたしたちは死ななければならない、と感じていた。
命が大事にされすぎているから。
互いに互いを思いやりすぎているから。

 

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

 

  連休がはじまり、旅行にも行かず、ひたすら読書三昧で過ごそうと思い、まずはkindle積読状態になっていたこの本を読みました。


 物語の舞台は、今から数十年先の2060年代。2010年代後半に〈大災禍〉(ザ・メイルストロム)が起き、当時世界を制圧していたアメリカという国が崩壊して、核弾頭が世界中に散らばり、世の中は混沌におちいった。そして、そこから生き残った人々は、科学を駆使して、酒も煙草もいじめも犯罪も売春も病気も撲滅し、優しさで満ちあふれた清潔で安全な国、生府をつくりあげることに成功した。徹底的な個人情報の開示によって、昔のように、どこの誰だかわからない人間と接するような野蛮な世界ではなくなり、人々のあいだでは秘密も危険も完全に消滅し、“プライバシー”という言葉は卑猥なものとなった。


 そんな毎日に居心地の悪い思いを感じていた女子高生トァンは、ある日突然、同じ女子高生ミァハに話しかけられる。ミァハは、いまは絶滅した紙の本を読み、犯罪や悪というものが存在していた昔の世界についてやたら詳しく、トァンとその友人キアハにとってカリスマのような存在になる。ミァハは、命が大切にされすぎて、思いやりにあふれたこの国を嘲笑うためには、自殺してみせるしかないとふたりに語る。すっかりミァハに魅了されていたふたりは同意し、一緒に薬を飲むが、ほんとうに死んだのはミァハひとりだった……

 というのが冒頭部分で、大人になったトァンは、結局死ぬことも、生府から完全にドロップアウトすることもできず、かといって、安全で清潔な国になじむこともできないまま、戦場を仕事場として過ごしている。そしてある日、何千人もの人々がいっせいに自殺する事件がおきて捜査にのりだす、というストーリーなのだが、そんなにSF脳を持っていない私は、女子高生時代の部分だけでじゅうぶんおもしろかったなと思った。
 
 いや、本筋もスピーディーな展開で一気読みしてしまったけれども。ちなみに、この本は、読んでから知ったけれど、作者のデビュー作『虐殺器官』からつながる話らしいですが、これ単独でも問題なく理解できます。ただ、『虐殺器官』から読んでいたら、解釈が変わったり、より深くなった部分があったのかもしれない。


 少しネタバレになるかもしれないけれど、ミァハがなぜそんなにも世の中を憎んでいたかというと、実は過酷な生い立ちがあったということがあかされるが、個人的な好みでいうと、そういう納得のいく因果があるより、なに不自由なく生まれ、周囲に愛されて育ってきたけれど、それにもかかわらず世の中を憎んでいるという方がおもしろいと思う。(まあ、この小説では、その生い立ちも最後の展開につながってくるのですが)


 周囲の大人や既存の価値観に背を向け、学校社会で異端児として扱われるようなカリスマ的な魅力をもった少女が死んでしまい、遺された友人たちが途方にくれる、というところは、ジョイス・キャロル・オーツの『二つ、三ついいわすれたこと』を思い出した。これはSFではまったくなく、その遺された友人たちがそれぞれ痛い思いをしながらも、自分の人生を歩み出していくという、ヤングアダルト作品の名作です。(めちゃざっくりした紹介ですんませんが)

 

二つ、三ついいわすれたこと (STAMP BOOKS)

二つ、三ついいわすれたこと (STAMP BOOKS)

 

  でもほんと、こういう作品を中高生時代に読んでいたら、どっぷりはまってしまったのかもしれない。あるいは逆に、ミァハがあらわす、ある意味わかりやすい世の中への憎悪と選民意識に反発を感じたかもしれない。
 自殺してみせるより、表面上はこの世の中におとなしく従い、だらだらと生き続けるほうがより絶望しているのだ、ミァハはただの中二病だ、と思ったかもしれない。ちなみに、歳をとったいまは、こうやって本を読んでいろいろ考えたりしている限り、永遠の中二病なんだろうなーと諦念とともに受け入れています。