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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

『ゴーン・ガール』の裏(表?)バージョンか 『サンドリーヌ裁判』 トマス・H・クック

 トマス・H・クックの本は、『緋色の記憶』などを数点読んだだけで、とくに詳しいわけではないけれど、どの本も読者を最後まであきさせず手堅く読ませる印象が強い。
 だいたいどれも、現在の話と過去の回想が交互に語られ、過去に起こった事件の真相があきらかになるという構成で、いわゆる“(意外な)犯人探し”ではないので、ミステリーと期待して読むより、普通の小説として読んだ方が楽しめるのではないかと思う。 

サンドリーヌ裁判 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

サンドリーヌ裁判 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 

  この『サンドリーヌ裁判』も同様で、主人公が妻を殺した容疑で裁判にかけられているところからはじまる。その裁判の十日間のあいだに、妻の死の真相――自殺だったのか、主人公がほんとうに妻を殺したのか――が、主人公の回想とともに解き明かされていく。主人公が過去を思い返そうとするたびに、妻が死ぬ直前に冷たく言い放った言葉が頭にうかぶ。
「サム、これ以上一秒でもあなたと暮らすよりは死んだほうがましだわ」


 ここまででも感じたひともいるかもしれないが、読んでいて、『ゴーン・ガール』と共通するものをいくつか感じた。そう、『ゴーン・ガール』と同様、文系の自意識過剰のいけすかない夫婦の話なのだ。
 『ゴーン・ガール』では、夫婦の職業はライターだったが、こちらはどちらも大学教授。文学的野望のある夫と、美しいだけでなく、頭がよくて文才のある完璧な妻。もちろん、『ゴーン・ガール』とは完全に違う点があるのだが、それを書くと『ゴーン・ガール』のネタバレになるので控えます。

 とにかく、この夫がほんとイヤなやつなのだ。もともとは偉大な小説を書きたいという野望があったものの、結局夢がやぶれて田舎の大学教授におさまったが、不満や鬱屈を抱えていて、まわりの田舎の人間を軽蔑している。『ゴーン・ガール』の夫も、夢がやぶれて田舎に帰ったのは同様だが、まだマヌケで憎めない面があったように思う。(ベン・アフレックの印象が強いのかもしれない)


 浮気相手のエイプリルについても愛情もなく、こう評す。

「自分より――どこから見ても――はるかに魅力的なサンドリーヌと寝ている男とベッドをともにすることに、不器量な女のプライドが束の間くすぐられたかもしれないが」
「知的でない人間には傷つきやすいところがあり」
「(エイプリルの夫に)女として彼女が与えられるのはぜいぜい忠実さくらいでしかなかったが、わたしと関係をもつことで、それを与えることにさえ失敗した」 

  主人公が周囲の人を軽蔑しているのが、ちゃんと周囲の人に伝わっている(そして嫌われている)ように、エイプリルについての気持ちも、その夫クレイトンに見すかされ、「あんたにとって彼女はただの愚かな女にすぎなかったのだろう」と詰め寄られるシーンも印象深かった。この寝取られ夫クレイトンも、なかなか興味深いキャラだった。

 主人公は、周囲の人間や浮気相手に対してだけではなく、才能がありながら野望を持たず、ひたすら教育に情熱を傾けていたサンドリーヌと、クリエィティブな方面に進まなかった娘アレクサンドリアのことも苦々しく思っている。アレクサンドリアは、父が母の殺害容疑で裁判にかけられている状況だというのに、騒ぐこともなく落ち着いて父の面倒を見つづけ、ほんと立派な娘なのに。
 要は自分が挫折したから、どんなものも批判的に見てしまうのだ。
 
 美しく才能もあり、しかも「それを意識していなかった」サンドリーヌと、本に夢中になり集中していた主人公が、ニューヨークのワシントン広場で出会うシーンは美しい。恋に落ちた二人は地中海をめぐり、イタリア、フランスと旅行し、これ以上ないほどの幸せと愛情につつまれる。野望と理想、そしてそれに見合う才能と情熱を持ちあわせた二人は理想的なカップルのはずだった。しかし――


そのおなじ女がのちにはあんなに激烈にわたしを憎み、蔑むようになり、最後の日々には、わたしの破滅を画策したりするようになったのだろうか?


 妻のほんとうの人柄、心の中ではなにを考えていたのかが、事件の真相を解き明かす鍵になるというのも、『ゴーン・ガール』と同じである。で、その結果を書くともちろんネタバレになるので、結論として『ゴーン・ガール』と着地点は異なるとだけ言っておきます。『ゴーン・ガール』とどちらが好みかというと……私はどちらもアリかなと思った。ただ、最後の最後については、ちょっと蛇足かなと感じた。

 陳腐な言い回しだけど、トマス・H・クックの本を読むと、結局は、他人がなにを考えているのかが一番のミステリーなのかとつくづく感じる。