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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

ナチスドイツ下の社会を克明に描いたミステリー 『ゲルマニア』 ハラルト・ギルバース

 この『ゲルマニア』は、1944年のドイツを舞台にしており――そう、戦争末期のナチスドイツ時代を描いている。 

ゲルマニア (集英社文庫)

ゲルマニア (集英社文庫)

 

  ドイツミステリというと、シーラッハの『犯罪』『罪悪』『コリーニ事件』は読んでいるが(とくに短編小説集の前の二つは、人間の行うことの矛盾や不条理さを鋭く切り取っていておすすめ)、それ以外はほとんど知らず、考えたら、シーラッハの前に読んだドイツの小説ってカフカの『変身』かもしれない、しかも第二次世界大戦中の話で、文庫にしてはかなりぶ厚いし、読むのに難儀しそう……
 と躊躇しながら読んだのですが、あっという間に読み終わってしまった。(あ、カフカとシーラッハのあいだ?に、ハントケの『幸せではないが、もういい』も読んでいます。これも再読して感想を書きたい本です)


 主人公であるオッペンハイマーは、かつては敏腕な殺人捜査官であったが、ユダヤ人であるため、ナチスドイツ下の社会では職を追われてしまった。しかし、妻がアーリア人であるため、なんとか収容所送りはまぬがれ、機械磨きの仕事をしながら、ユダヤ人アパートで息をひそめて暮らしている。しかし、妻がアーリア人であっても、いつゲシュタポに捕らえられるかわからない。そんなある日突然、親衛隊情報部に連行される。来るべきときが来たと観念したオッペンハイマーだったが、ナチス親衛大尉のフォーグラーがあらわれ、女性をターゲットにした猟奇殺人の捜査を行うよう命じる。


 私が読んでいて一番興味をひかれたのは、ナチスドイツ下という、「異常」といってもいい時代の人々の暮らしを克明に描写しているところだ。みんながみんな、ナチスに、ヒトラーに心酔していたわけではないことがわかる。ユダヤ人であるオッペンハイマーはもちろんのこと、ほかの市民も戦争にうんざりして、イギリスからの連日の空襲に命の危険を覚えつつも、連合軍がやって来て解放されることを望みすらしている。
 
 もちろん、いま書いているからかもしれないが、それでもやはり、実際も、市井の人々は厭戦気分が強かったのではないかと思う。しかし、みんながみんなナチスの信者でないにも関わらず、ナチスが権力を掌握してしまったという事実は、ほんとうに恐ろしい。いまの私たちにとっても、まったくの他人事ではない。

 そして、この本の最大の読みどころは、オッペンハイマーとフォーグラーとの関係だ。ナチス親衛大尉とユダヤ人という相容れない二人が、協力して殺人を捜査し、フォーグラーはオッペンハイマーの有能さに舌をまく。
 なかでも、二人が地下室に閉じ込められるシーンが意義深い。そこで、オッペンハイマーユダヤ教の教義に反する豚肉の缶詰を口にし、フォーグラーはナチスが退廃音楽とレッテルを貼った『三文オペラ』を聴いて感動し、どちらも禁忌を犯すことで結びつきを感じる。
 そして、二人の関係はどうなるのかということに最後の最後までひっぱられる――と言っても、腐な意味ではなく、フォーグラーは、ユダヤ人であるオッペンハイマーを助けるのか、あるいは見捨てるのか、ということが真犯人の解明より気になっていく。

 この本について読書会も開かれたようで、感想を見ると、オッペンハイマーの妻が放置プレイでかわいそう、という意見も多かったようだが、たしかに、妻のないがしろ感は否めない。妻のほかにも、オッペンハイマーの女友達(不倫相手ではない)で、反ナチ活動に関わっているヒルデも、もっと活躍するのかと思ったら、そうでもなかった。男と女の関係には、あまり興味がない作者なのかもしれない。

 あと、この小説は基本的にはオッペンハイマーの視点で語られているのだが、一部、視点がフォーグラーとヒルデに移動するところもあり、それは不要だと感じた。とくに、フォーグラーのようなキャラに内面を語らせるのはナシだと思うが、作者はこの本がデビュー作らしいので、そのあたりの詰めは甘いのかもしれない。

 ほかにも、真犯人とその解明のあたりが弱いという意見もあり、たしかに、それも感じなくもないけれど、まあでも全体的には、結構長い小説なのに、中だるみすることもなく、さくさく読めるので、デビュー作ということを考えると、なかなかの力量ではないでしょうか。(←なんか偉そうですが)
 あとがきによると続編もあるようで、それぞれの登場人物が、この戦争のなか、どうやって生き抜くのか、生き抜くことができるのか、気になるので続編も読んでみたい。

 この本のあと、ナチスドイツの罪を描いたミステリーとして以前から話題になっていた、ノイハイスの『深い疵』も読んだのだけど、こちらもすごくおもしろく、やはりドイツはゲーテの時代から文豪を輩出しているだけあって、ミステリーもレベル高いなと感じた。しかし、ここ最近の日本では、戦争犯罪を見つめた小説って出てきにくいように感じますね。この違いはなんなのだろうと感じずにはいられませんが……