快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

ほんとうの「悪」とは、「罪」とは何なのか 『深い疵』 ネレ・ノイハウス

 先日の『ゲルマニア』でも書きましたが、ドイツミステリの世界に耽溺すべく、前から話題になっていた、ノイハウスの『深い疵』も読みました。 

深い疵 (創元推理文庫)

深い疵 (創元推理文庫)

 

  ホロコーストを生き残り、アメリカで重役を歴任したあとドイツに戻り、穏やかな余生を送っていた92歳のユダヤ人の男が、何者かによって射殺された。ところが、解剖したところ、あり得ないことが判明する。
 その老人の身体には、ナチス親衛隊員の証である刺青のあとが残っていた。そして、ナチスと関係があったと思われる老人たちが相次いで殺され、殺された者たちはすべて、85歳の女実業家ヴェーラ・カルテンゼーの友人だった――


 この小説は、ナチスの罪や、戦争について深く省察した作品ではないけれど、とにかくストーリー展開と読者のミスリードがたくみで、一気に読んでしまった。犯人の行動を読み返してみると、たしかにはっきりと書いているのに、どうしてスルーしてしまったのかと、つくづく思わされる。

 女性ミステリー作家括りでひきあいに出すのは、安直過ぎるとわかっているものの、ミネット・ウォルターズの作品と同様、さまざなな人物が入り乱れ、一見だれもが怪しく思えるが、第一印象はどんどんと裏切られ、最後まで、だれが「いい者」で、だれが「悪者」かがなかなか読めない。
 いや、「いい者」「悪者」と書いたが、この定義すらあやしい。罪を犯した者は、もちろん裁かれるべきであるけれど、それがほんとうに「悪」なのか――それもまた考えさせられる。

 で、安直と言いつつ、もう少し比較すると、ミステリーのプロットや伏線、整合性は、近年のウォルターズ作品より勝っているように思える。ただ、人間の見方はウォルターズの方がより意地悪だろうか。(意地悪がいいことなのかは好みですが)読者のミスリードのたくみさは、ケイト・モートンの作品に通じるものもあるような……とあまり言うと、ネタバレになりますが。

 安直ついでに言うと、やはり女性作家の作品だからか、(良くも悪くも)強い女性たちの姿が印象深かった。主役の捜査役オリヴァーは、この作品では、上司となって帰ってきた昔の恋人に邪魔をされたり、色仕掛けにひっかかりそうになったりと、正直なところ、あまりいいところがないように思えたが(貴族という称号に弱いところもどうなのか)、相棒のピアは、仕事にも恋愛にもまっすぐに全力投球する女性として、生き生きと描かれていた。ピアの友人のミリアムが、あんた何者? CIAかKGB??と思うくらい、重要情報を次々送ってくるのは、うまくでき過ぎの感もありましたが。
 あと、小説内では深く描かれていないが、ヴェーラの娘ユッタと、「親しい友人」であったカタリーナの愛憎劇も興味深かった。


 この小説はノイハウスによるシリーズものらしく、これは三作目にあたり、捜査にあたるオリヴァーとピアの背景、とくにピアの恋愛模様などは、前二作から続いているようだけど、ここから読んでもまったく問題なく楽しめた。まあ、ミステリー好きの人にとっては、いまさらですが、『悪女は自殺しない』『白雪姫には死んでもらう』も読んでいこうと思いました。

 けど、こう書いて気がついたけど、このシリーズ、どれもタイトルうまいですね。もちろん作者も上手なのでしょうが、翻訳家と編集の方の手腕も大きいのでしょう。ちなみにこれらは東京創元社ですが、ちょうど創元社の編集の方が、翻訳ミステリのタイトルの決め方について、

www.webmysteries.jp

でコラムも書かれていて、たいへん興味深かったです。