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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

馬糞虫? ウンチ虫? フンコロガシ? カフカを読んでみた② 『変身』 池内紀訳

 前回、「女の屁をテーマにしたzine『PU』」ってなに?と書きましたが、こないだツイッターを見ていたら、天久聖一が「来年ブレイクしそうなもの。ポメラニアンと女性の屁」と書いていて、知らん間に世間ではすでにブームになっていたの??とおどろいた。来年にかけて動向を注視したいと思います。

 いや、それはどうでもいいのですが、先日カフカの『変身』を取りあげて、続きも書かないと、と思っていたのだった。
 というのも、こないだの多和田葉子訳の『変身』を読んでから、池内紀訳を読んでみると、またイメージが違ってかなり興味深かったので。 

変身ほか (カフカ小説全集)

変身ほか (カフカ小説全集)

 

  具体的に言うと、虫になったザムザが遅刻して仰天する(虫になったことではなく、遅刻したことに仰天する)ところでは

それから時計に目をやった。戸棚の上でチクタク音を立てている。
「ウッヒャー!」
と、彼はたまげた。もう六時半。 

といった具合で、かなりコミカルな要素を強調して訳している。ちなみに多和田葉子訳では

グレゴールは箪笥の上で時を刻んでいる目覚まし時計を見上げた。「天にまします我らが父よ!」心の中で救いを求めるようにそう叫んだ。なんともう六時半、 

  かなり印象が変わる。作家が訳するというと、学者や翻訳者の訳よりくだけて訳すんじゃないかという短絡的なイメージがあるかもしれないが、どちらかというと(あくまで私の読んだ範囲ですが)、村上春樹などにしても、作家の訳の方が逐語訳っぽいように思える。

 ちなみに、昔から親しまれていると思われる新潮文庫高橋義孝訳では 

変身 (新潮文庫)

変身 (新潮文庫)

 

 そして、用箪笥の上でかちかち鳴っている目覚まし時計のほうを見やった。「これはいかん」と彼は思った。六時半であった。

  さすが手堅い訳ですね。実際、起きた瞬間にすでに遅刻ということが判明すると、案外冷静に「これはいかん」と思ってしまいそうな気はする。


 どの訳もきちんと同じ情報を伝えている。1)時計はタンスだか棚の上にある 2)カチカチと時を刻んでいる 3)グレゴールは時間を見て、思わず叫ぶ(原文はわからないけど、英語で言うと「Oh my god!」みたいなことなんでしょう) 4)なんと六時半だった
 なのに、これだけ振り幅があるとは、ここが翻訳文学のおもしろさですね。


 あと、もうひとつ、虫になって家族からも愛想をつかされたグレゴールが、手伝いの女に声をかけられるところ、池内訳では、

「なんて老いぼれのウンチ虫だこと!」

となっている。ウンチ虫……こう呼ばれるくらいなら、ザムザでなくても、死んだほうがマシだという気分になりますね。
 多和田訳では、かわいらしく「フンコロガシちゃん」で、高橋訳は「馬糞虫(まぐそむし)さん」である。“バフン”でもなくて“まぐそ”って、と思ったが、IMEで“まぐそ”と打つとすぐに変換できたので、日本語としてふつうに流通している言葉らしい。(今回ビロウな言葉が多くてすみません)


 しかしまあ、この『変身』も奇妙ですが、『集英社スターピース カフカ』に収録されている「お父さんは心配なんだよ」(多和田葉子訳)も(タイトルからは、岡田あーみんの名作漫画『お父さんは心配性』をどうしても思い出してしまうが。お父さんと北野くんの攻防、懐かしいですね)、
 “オドラデク”という、なにがなんだかわからないものについて(住所不定の星型の糸巻き、らしい)書かれていたりと、頭の中いったいどうなってたんだろう??と考えますが、「そんなことを私が考えても無駄だ」(「お父さんは心配なんだよ」より)なんでしょう。