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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

ジェイニーを探して――『彼らの目は神を見ていた』 ゾラ・ニール・ハーストン

 年明けからワイドショーネタが盛りあがり続ける今日この頃ですが(それにしても、みなさん同様だと思いますが、K氏が何股かけてるのかということより、自称彼女の姿の方が衝撃的だった。キムタクがやってた安堂ロイドってこのことだったの?と思った。いや、P・K・ディックの世界がもうやってきているのかもしれない)、日本翻訳大賞にもなんとか投票しました。

 翻訳ミステリー読者賞もあるので、こちらは純文学かノンフィクションにしようと思いつつ、それ系の作品をいっぱい読んでいるわけでもないので、結構悩む。結局、単純に好きな作家の作品に投票しました。そのうち、ここでも紹介したいと思います。ハンドルネームにも悩んでしまうけれど、いま読んでいる小説の登場人物の名前を拝借しました。もうすぐ以前ここでも書いたロクサーヌ・ゲイの『Bad Feminist』が翻訳されるらしいので、来年こそは小説以外に投票できるかも。

 で、そのロクサーヌ・ゲイや、トニ・モリスン、アリス・ウォーカーらすべての(黒人)フェミニストの源流と言える、ゾラ・ニール・ハーストンの『彼らの目は神を見ていた』を読みました。 

彼らの目は神を見ていた (ハーストン作品集)

彼らの目は神を見ていた (ハーストン作品集)

 

  ゾラ・ニール・ハーストンは、1920年代のハーレム・ルネサンス期に民俗学者としてジャマイカやハイチのヴードゥー教を研究したり、小説も書いた黒人女性で、この『彼らの目は神を見ていた』は彼女の代表作である。


 舞台はフロリダで、元奴隷であった祖母(ばあや)に育てられた黒人女性ジェイニーは、そこそこ金持ちのローガンにみそめられ、相手のことをよく知らないまま「結婚したら愛せずにはいられなくなるの?」と、16歳の若さで結婚する。ところが、結婚してみて「彼女は結婚によって愛が生まれるものではないことが今になってわかった」となり、そこで今度は、もっと金持ちのスタークスと恋におちて、ローガンを速攻見捨ててイートンヴィルへ駆け落ちする。イートンヴィルは、全米初の黒人自治が行われた町で(町人たち自身も黒人が郵便局員になれるのか!と驚く)、そこでスタークスは町長となり、ジェイニーは町長夫人となる。

 やはりスタークスも、ローガンと同様にジェイニーに横柄な態度を示すようになるが、ふたりの関係は愛憎相半ばしつつも長く続く。しかし、スタークスは病で死ぬ。未亡人となったジェイニーは、年下で優しく、ちょっと気まぐれな、ティーケイクというかわいらしいあだ名の男と出会い、今度こそ愛にあふれた生活が送れると思うが……という波乱万丈のストーリーである。

 しかし、おそらくほとんどの人がこの小説を聞いたことがないように、ハーストンの作品はすぐに忘れ去られてしまった。まあ、この小説についての率直の感想としては、たしかに、できごとがそのまま淡々と語られていくだけで、人物像も深く描写されているわけではないので、波乱万丈なわりには単調な感じは否めない。
 だが、葬られてしまったのは、この小説が、当時の黒人文学の主流であった白人や白人社会についての抗議小説ではなく、登場人物はすべて黒人であり、黒人社会での軋轢、とくに黒人の男が女を抑圧するさまをはっきり描いているからだと思う。いや、これは私独自の考察ではなく、解説で書かれていることなのですが、その通りなんだろうと深く納得した。

 ローガンにせよ、スタークスにせよ、彼らなりにジェイニーのことを愛しているのである。けれど、愛していても、ジェイニーの自我を受け入れることはできず、罵倒し暴力をふるうことすらある。それにしても、ジェイニーはローガンのことを「わたし、あの人がベッドで寝ていて、寝返りをうつ時の風があたるくらいなら、撃ち殺されたほうがましだわ」とまで言うのだから、ここまで嫌われるのも少々気の毒にはなる。

 また、ジェイニーを育てたばあやも、もちろんジェイニーのことを愛しているのだが、元雇い主である白人一家(そこの主人が、娘(ジェイニーの母親)の父親である)、そして家を出て行った娘への恨みつらみをジェイニーに注ぎこみ、愛してもいないローガンとの結婚を押しつけ、いまの言葉でいうとまさに「毒親」である。スタークスが死んで解放されたジェイニーは、「愛情にかこつけて自分の心を歪めたばあやが嫌いだった」とはっきり感じるようになる。
 そう、男と別れたり、あるいは男が死んでいくのにともなって、ジェイニーは自分の意志と言葉を獲得していくようになるところが、この小説のきわめて印象深い点である。

 ハーストンは、先にも書いたように、戦後はすっかり忘れ去られ、代用教員やメイドなどを転々とし、晩年には生活保護も受け、最後はフロリダの救貧院で死んだらしい。後年アリス・ウォーカーがその事実を知って、フロリダの湿地帯に分け入り、ハーストンが放りこまれた名もない墓を探しあて墓標を立てたことが、ウォーカーの「ゾラを探して」というエッセイに書かれているとのこと。
 こう書くと「悲劇の人」のようだが、一方で、ハーストンは自分の出自などについて嘘ばかりついていた(変装の名人だったらしい)かなり食えない女でもあったらしいので、自伝『路上の砂塵』も読んでみたくなった。