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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

『解錠師』とはまた違う世界を切り開いた スティーヴ・ハミルトン『ニック・メイソンの第二の人生』 (越前敏弥訳)

「だが聞け」コールは言った。「口を開く前にな。わたしが言うことをしっかり頭に入れろ。だれの言いなりにもならないというきみのご託だが、あれはもう終わりだ。これからは新しい考え方をしてもらう。わたしと契約すれば、この先の二十年、きみはここにいなくてすむ。しかしその二十年……きみの人生はきみのものじゃない」
コールは身をかがめて近寄り、その声をメイソンの耳に低くとどろかせた。
「この先の二十年、きみの人生はわたしのものだ」

 『解錠師』で一躍人気作家となった、スティーヴ・ハミルトンの新作『ニック・メイソンの第二の人生』が出た。強盗殺人の罪で25年の刑に服していたニック・メイソンが、刑務所でシカゴの暗黒街の大物ダライアス・コールに目をかけられ、コールの犬となるかわりに、刑務所から出してもらうという契約を交わす。上記の引用はまさにその場面。 

ニック・メイソンの第二の人生 (角川文庫)

ニック・メイソンの第二の人生 (角川文庫)

 

  塀の外に出たメイソンには、ゴージャスな家に高級車、そして潤沢な資金が与えられる。しかし、常にお目付け役の監視のもとであり、コールから指令が下れば、いつなんどきでも任務を果たさなければならない。もちろんここで言う「任務」とは、「ジャンプ買ってきて」などではなく、ひたすら血なまぐさいものである。


 正直なところ、ハードボイルドというより青春小説と言うほうがふさわしい『解錠師』に、ハミルトンの代表作であるアレックス・マクナイトシリーズにしても、元警察官のマクナイトの正義感の強さが印象に残っているので、この『ニック・メイソン』の途中までは、ハミルトンの文体や倫理観は、こういう血で血を洗うような世界を描くにはあまり向いていないのではないかと感じられた。

 しかし、この小説の中盤から物語が大きく展開し、それまでなんとなくつかみどころのないように感じられた、メイソンを含むすべての登場人物がいきいきと動き出し、この先どうなるのかと思いきり興味がかきたてられたところで、次巻に続くとなる構成から、作者の意図や挑戦が伝わってきた。『解錠師』の二番煎じのようなものを書いても仕方がないので、新しい文体で新しい世界を描こうとしたのでしょう。


 それにしても、いつも思うけど、いわゆる「ハードボイルド」の主人公って、勇ましいようで妙に受け身なのがなんだか不思議に感じられる。チャンドラーのマーロウにしても、あれよあれよと事件に巻きこまれていくし(探偵なのだから、依頼を受ける形になるのは当然なのですが)、このメイソンにしても、刑務所に入れられる発端の事件についても誘われる形だし、コールの契約にしても、いくら家族に会いたいからといっても、どう見ても恐ろしいいわくありげな話なんだから、もう少しよく考えたらどうかと言いたくなる。


 で、自由の身になったメイソンはさっそく家族に会いに行くのだけど、元妻のジーナは、まっとうに生きるという約束を破って犯罪に手を染めたメイソンを許そうとはしない。まあそりゃそうだろ、と思う。娘に会うことも禁止され、絶望的な気分になったはずのメイソンなのだが、あっさりと次の女を見つける。この次から次へと勝手に女があらわれるあたり、ほんとハードボイルド界の鉄則ですね。
 しかもその女も、数えるほどしか会っていない男(メイソン)が二十五年の刑に服していたワケアリの犯罪者だったと知ったら、ふつう速攻縁を切ると思うのだが、
「この人は善良な人間で、悪い立場に置かれただけだ。この人といっしょにいたければ、不安や疑念と付きあわざるをえない」
 といいように考え、よう知らん男と運命を共にする決心をするのにはおどろいた。

 いや、ちょっと脱線しましたが、ひたすら受け身だったメイソンが、物語の終盤で目が覚めたように、ある「決心」をするところが物語の核であり、読みごたえがあった。この小説は、『解錠師』と違って三人称で書かれているので、メイソン以外のキャラクターもしっかりと描きこまれており、一般的なミステリー小説ならヒーローになりそうな正義感の強い警官フランク・サンドヴァルがたいへん魅力的で、この先メイソンとどういう関係を築くのかも興味深い。そして、ただの悪役ではない奥行きのあるキャラクター、コールのバックグラウンドもこの先もっと明かされていくのだろうか。唐突にブシドーとか言ってたのは謎だったが。なので、今後の展開を楽しみに待ちたいと思います。