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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

もしかして、この国は沈没しつつある? 『ニッポン沈没』 斎藤美奈子

 今月号の筑摩書房のPR誌『ちくま』を読んでいると、斎藤美奈子の「世の中ラボ」が参院選を取りあげていて、

安倍政治はもうたくさん。私も野党側に勝ってほしいと切に願っている。
なんだけど、ほんとに勝てるかとなると「今度もダメなんちゃう?」という疑念も禁じ得ない。疑念というか半ば確信だな。……
選挙のたびに彼らはいう。ここで勝たなきゃ日本は終わりだ! だけど、結局負けるよね。なのに敗因を検証するでもなく、政府与党の悪口に明け暮れて、やがて次の選挙がくると、また「今度こそ勝たなきゃおしまいだ」という。で、また負ける。作戦がないんだもん。勝てるわけないわな。 

 って、まさにその通りだなとつくづく思う。 

ニッポン沈没 (単行本)

ニッポン沈没 (単行本)

 

  この『ちくま』の連載をまとめた『ニッポン沈没』でも、たくさんの社会問題が取りあげられているけれど、まず興味をひいたのは、朝ドラについての話題だった。

 当時放送されていた「花子とアン」のドラマと、村岡恵理の評伝『アンのゆりかご』をくらべ、

伝記的な事実がどうやって「朝ドラ向きの物語」に改変されるか、実在の女性の骨がどう抜かれて「朝ドラ向きのヒロイン」につくり替えられるかが、これを読むとよくわかる 

  と書いている。「花子とアン」でいうと、はなの父親伊原剛志が熱演してましたね)が熱心なクリスチャンであり、結婚する村岡家もクリスチャンで聖書の印刷をしていたので、そこからはなのキャリアが開かれたということと、また、はなの父は社会主義の活動家であり(ドラマでもちらっと描かれてたけど、完全に興味本位で新奇な思想にかぶれているって感じだった)、はな本人も強い信条があり、さまざまな社会活動を行っていたことが、ほとんど抜け落ちている。

 ヒロインの思想信条をきっちり描かないから、ただの天然のお嬢さんが、なにもせずとも勝手に人や仕事の縁に恵まれるシンデレラ・ストーリーに見えてしまう、という。
 ほんとそう。いまの「とと姉ちゃん」にしても、主人公の思想などはほとんど描かれず、ただ「家族思い」ってところだけがやたら強調されているので、なんで唐突に雑誌を作ろうとするのか、なんでそこまで花森氏に執着するのかがいまいちピンとこない。
 
 主人公の恋愛についても言わずもがなで、村岡花子にしても、「カーネーション」の小篠綾子にしても、いまの世の中なら、ベッキーなんて比べものにならないくらいバッシングされかねないが、もちろんそこまでは描かない。(「カーネーション」は朝ドラのなかでは、かなり踏み込んでいたとは思いますが)


 こうやって、朝ドラの主人公の女性が、「生意気な女はあかんで~」というメッセージのもと、毒も骨も抜かれて「可愛げのある天然のキャラクター」につくり替えられ、こういうドラマを毎日毎日見続けることが、日本人の男女平等意識にどう影響してきたのか検証してみた方がいい、というのには納得した。なんなら次の朝ドラには、話題の栗原康の『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』でも取りあげてほしい。


 また、この本では、震災、そして原発事故の扱われ方についても考察していて、最近日本の小説をあまりチェックしていなかったので、こんなに原発事故をテーマにした小説があるのだとはじめて知った。いや、川上弘美の『神様2011』や高橋源一郎の『恋する原発』などは知っていたけれど、正直あまり読んでみようと思わなかった。でも、吉村萬壱の『ボラード病』や多和田葉子の『献灯使』は読んでみたくなった。


 あと、社会問題については、前大阪市長を取りあげた章で、「自分たちの利益に反するこのような人物を、なぜ人々が支持するのか」とあり、私も常々「なぜ弱者を搾りあげようとする為政者を、当の弱者(と思われる人たち)が熱狂的に支持するのか?」と疑問に思っているので、興味深く読んだ。
 すると、なんとその理由は、カール・マルクス『ルイ・ボナパルトブリュメール18日』に書かれていた。民主的な手段によって専制君主が生まれたのは、19世紀中盤のフランスだけではなく、この本の解説の柄谷行人によると、「戦前の日本におけるファシズムも、ナチズムも、同様の図式、すなわちボナパルティズムだ」とのこと。いまならトランプ現象にも完全にあてはまりますね。


 しかし、この本が出たのは去年だけど、そこからもなお、どんどんと沈没していっているような気もする。けれど、この本のあとがきにあるように、

ひとまず私たちに必要なのは、執念深くなること、次の一手を常に考え続けていくことでしょう。あきらめた途端、声を出さなくなった途端にどうなるかは、先の戦争が示しています。安易に希望を語ることはできません。しかし私は、絶望もしていません。 

 というのは、そうなんだろうなーと思う。執念深くなるというのと、次の一手が大事というのは、ふだんの仕事や私生活、なんにおいても言えますね。