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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

40代の自分探し 映画『ヤング・アダルト・ニューヨーク』

映画

 さて、『フランシス・ハ』に続いてのバームバック監督作品、ベン・スティラーナオミ・ワッツ主演と聞いて楽しみにしていた『ヤング・アダルト・ニューヨーク』を見てきました。


 ベン・スティラー演じるジョシュは44歳のドキュメンタリー映画監督であるが、ここ10年作品を完成できていない。ナオミ・ワッツ演じる妻は、ジョシュの師匠にあたる高名な映画監督の娘であり、プロデューサーとして働いている。いまや死語のDINKS(ダブル・インカム・ノーキッズ:共働きで子供のいない夫婦のこと。考えたら、女性が子育てしながら働くことが困難だった時代ゆえに、流行った言葉なんでしょうね)のふたりだが、子供が産まれた友達夫婦との距離を感じる今日この頃。


 そんなある日、ジョシュの講義に二十代の若者があらわれる。ジョシュの古い作品もちゃんと見ていて、自分も作品を取りたいので力になってほしいと言う。仕事でも私生活でも不安を感じていたジョシュは、リスペクトしてくれる若者の存在に有頂天になるが……


で、ここからネタバレ満載で書いていきますが


 案の定、この若者に義父などの映画人脈も仕事も奪われる、という話なのですが、この若者が悪いやつというより(たしかにしたたかではあるが)、ベン・スティラーの甘ちゃんぶりの方が目についた。いやもちろん、この映画は、悪辣な若者にだまされる中年といった話ではなく、ベン・スティラーのいいトシこいた甘ちゃんぶり、大人になれないさまを主眼として描いているのですが。

 ベン・スティラー演じるジョシュは、若者のドキュメンタリーの登場人物として利用されていたことに気づき、ヤラセだと糾弾するのですが、ドキュメンタリーのテーマに偽りがあるわけではなく、演出といえる範囲のものだし、なんといっても10年も作品を完成できないジョシュより、完成させる若者の方がえらいのは言うまでもない。そしてひとりで怒りまくるジョシュの様子も、カメラで記録していた若者の描写も見逃せない。

 映画監督の義父は、ジョシュには「容赦のなさ」が足りないと語るのだけど、どんなクリエイターにも共通することでしょうが、映像やドキュメンタリーをつくる人間にはとくに「容赦のなさ」が必要なんでしょうね。

 常に話題作を撮る森達也監督なんて、容赦のなさというか、肝のすわりっぷりとか、腹の見えなさとか、常人ではないものを感じる。いや、実は森達也監督の映画をちゃんと見たことはないのでなんとも言えないですが、著書は何冊か読んでいて、最初は弱者や少数派の立場にたつ「いいひと」みたいな印象を受けたけど、活動を見ていると、ただの「いいひと」ではないのはよくわかる。園子温監督にしても、「容赦のなさ」や肝のすわりっぷりは言うまでもない。(でもきっと、園子温の方が森達也より「いいひと」であろうとは思う)


 いまたまたま検索したら、ちょうど森達也監督のインタビューが見つかったが

やっぱり仕掛けないことにはドキュメンタリーって成立しません。辞書などでドキュメンタリーを調べると、「虚構を用いずに、実際の記録に基づいて作ったもの」とあるけれど、それは監視カメラの映像であって、作品でもないし表現でもない。繰り返しますが、撮る側がどういう作為を持って仕掛けたかを明らかにしたうえで、撮られる側がどういう反応をするのかを撮る。それがドキュメンタリーの演出です。  

www.cataloghouse.co.jp

とのこと。演出もなんもない良心的な学者のインタビューを、長時間だらだら撮っているジョシュに教えてあげたいですね。


 まあ、でもその甘ちゃんぶりが愛すべき映画とも言える。とくに、ナオミ・ワッツ演じる妻とは、若者たちとの争いをめぐってギクシャクすることはあっても、基本的にずっと愛しあっているのが、この映画の素敵なところでした。映画の最後まで言ってしまうと、養子を取ろうとするのが安易だとも感じたけれど、でも後味としては悪くない終わり方だった。


 しかし、この映画はビースティ・ボーイズのアドロックこと、アダム・ホロヴィッツも出演とのことで、途中まで「アドロックどこに出てくるのだろう??」と思っていて、よく考えたら、映画の冒頭から出ていた友達夫婦(夫)であることに気づいておどろいた。あの白髪の夫か!と。No Sleep till Brooklynのころで、自分のなかでアー写が止まっていたようだ。

 この映画の大きなテーマは加齢ですが、このアドロックの姿で一番それを感じることになった。いや、でもほんと、自分の姿は日々鏡で見たりするので慣れているのだけれど、有名人とか、ひさしぶりに会う人とかで、年月の流れをつくづく感じることってありますね……