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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

文学から遠く離れようとしてもーー 『パルプ』 チャールズ・ブコウスキー 柴田元幸訳

「さて、このいわゆるセリーヌとかいう奴について、お聞かせいただきましょう。本屋がどうとか、おっしゃってましたよね」
「ええ、レッドの店に入りびたって、立ち読みしたり……フォークナーとかカーソン・マッカラーズとかのことを問い合わせたりしてるのよ。チャールズ・マンソンとか……」

     *   *   *   *   *   * 

「で、あんた本物のセリーヌが生きてると思うわけですか? 奴をつかまえたいの?」

「ものすごくつかまえたいのよ、坊や」
「ビレーンです。ニック・ビレーン」
「じゃ、ビレーン。ちゃんと確かめたいのよ。本物のセリーヌじゃなくちゃいけないのよ。そのへんの間抜けな猿真似なんかじゃだめなのよ。とにかく猿真似がそこらじゅうにゴロゴロしてるんだから」 

 昨日、チャールズ・ブコウスキー最晩年の怪作『パルプ』の読書会に参加しました。 

パルプ (ちくま文庫)

パルプ (ちくま文庫)

 

 読書会というか、京都でおなじみの書店、誠光社の堀部さんの『パルプ』についての解説を聞くという会でした。ブコウスキー著作や特集本はもちろん、ブコウスキーが評価した作家についてまで関連本をいっぱい紹介してくれたり、朗読テープやインタビュー映像、ブコウスキーが脚本を書いた映画『バーフライ』の映像など、いろいろ仕込んでくれていたので退屈することなく、充実した会でした。


 で、そもそもこの『パルプ』はどんなストーリーかというと、なんといったらいいのか難しい。冒頭の引用にあるように、激安(1時間6ドル)私立探偵ニック・ビレーンのもとに、「死の貴婦人」がやって来て、すでに死んでいるはずのセリーヌがこのあたりをうろうろしているから捕まえてくれと依頼するところからはじまり、ほかにも、「赤い雀」を探してくれとか、妻が浮気しているんじゃないかとかの依頼が持ちこまれた挙句に、宇宙人も登場して……という支離滅裂な展開をみせる。

 もともとは詩人のブコウスキーが最晩年になって、それまでの自伝的な小説から作風を変え、はじめて物語として書いた小説のはずなのだけど、やはり主人公は飲んだくれていて女好きだし、探偵といってもロクに捜査もしないし、登場人物は唐突に死ぬし、などなどかなりのぶっ飛び具合である。


 私はこの小説を読んだとき、先日の『勝手に生きろ!』と同じように、これもブコウスキー流の文学に対するパロディ――いや、ブコウスキー流のパロディというのは、単なる実験小説やユーモア小説ではなく、既成の「文学」という概念に泥を塗る真剣な試みなのだが――として読んだけれど、堀部さんの解説では、もちろんパルプフィクション(探偵小説)のパロディではあるけれど、それだけではなく、死を目前にしたブコウスキーが、憧れのセリーヌの背中を追いかけようとして果たせないという寓意があるのではないかとのことで、たしかにそうだなと思った。

 上記の引用部分の「本物のセリーヌじゃなくちゃいけないのよ。そのへんの間抜けな猿真似なんかじゃだめなのよ。とにかく猿真似がそこらじゅうにゴロゴロしてるんだから」というあたりに、そのへんが強くあらわれているようだ。


 ブコウスキーは酒と女にふけっているイメージがあるが、もともとは図書館に通いつめて書物の世界に没頭することだけが楽しみだった青年時代を送り(昨日の解説によると、思い出のロサンゼルス公立図書館が火事で焼失したときには哀悼の詩をつくったとのこと。その反動で『詩人と女たち』のような、激しい肉欲の世界に進んだのだろうか)、作品世界にもセリーヌ、フォークナー、ヘミングウェイ(初期作品を評価しているらしい)、先日村上春樹が翻訳して話題になったカーソン・マッカラーズといった作家の名前が頻出する。

 ブコウスキーが評価した作家のうち、ジョン・ファンテが入手困難なようなので、図書館で探して読んでみたくなった。 

塵に訊け!

塵に訊け!

 

 

ロサンゼルスの裏町を舞台にした青春小説『塵に訊け!』(原題『Ask the Dust』)は1939年に発表されたまま、アメリカでも長く忘れられていた作品であったが、1980年に再出版され、注目を浴びることとなる。そのきっかけを作ったのは、冒頭に序文を寄せているパンク作家、チャールズ・ブコウスキーであった。ブコウスキーは、作家としてデビューする以前に本書に出会った時の感動を「ゴミ溜めで黄金をみつけた」とつづっている。著者ファンテは、ブコウスキー作品に強烈な影響を与えた作家のひとりであった。(AMAZONの解説より) 

  この『塵に訊け!』の解説を読むと、たしかにかなりおもしろそう。翻訳も都甲さんだし期待できる。


 翻訳といえば、この『パルプ』は柴田元幸訳で、いつものポール・オースターなどの訳文とは文体もぜんぜん違う感じで、ブコウスキーの作品世界にはまった訳文になっているのが、当然といえば当然なのですが、やはりすごいなとつくづく感じる。とくにおもしろいと思ったのが

「ベイビー、屁の内は見せられんよ」
「何よそれ、どういう意味?」
「失礼。手の内は見せられんってことさ」 

  で、原文はどうなっているのか見ると、"I can't tip my hand" (tip one's handは手の内をみせるというイディオム) を、"I can't tip my hat"と言いまちがえていて、そんな言葉遊びをあえて下品に訳しているのが楽しい。


 そして、捜索を依頼される「赤い雀」は、ブコウスキーの作品を評価して出版し続けたジョン・マーティン経営のブラック・スパロー・プレスからとっていると思われるのだけど、物語の最後に突如姿をあらわす。

赤い雀。
ものすごく大きくて、きらきら光って、美しい。こんなに大きくて、こんなにリアルな雀はいない。こんなに堂々として。

 原文では "Gigantic, glowing, beautiful. Never a sparrow so large, so real, never one so maginificient." なのですが、ブコウスキーにとっての文学が、最期までまさにそういうものだったのだろうか。