読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

愛について真面目に考える時間 『あとは死ぬだけ』 (中村うさぎ)

 前回『結婚失格』について書いたあと、検索してみたところ、この『結婚失格』発売記念イベントで、町山智浩枡野浩一に行った公開説教がレポされているエントリを見つけた。

d.hatena.ne.jp


町山さんの一言一言、まさにその通り!とひれ伏したくなるが、とくにこの部分に感じ入った。

町山:相手、わかるよ。あ、この人は、あたしよりも自分を守ろうとしてると。あたしに降参する気はないんだと。あたしがほんとに欲しいのか、自分が大事なのかっていったら、自分が大事なんだと。
 誰も戻らないと思うよ、それは、絶対に。だって自分が大事なんだもん!

  いや、私は他人に語れるような恋愛経験なんてないけれど、それでも
「このひとは私のことを(それなりに)好きなのかもしれんけど、でもなによりも
自分が大事なんだな」
と、感じることはちょくちょくある。とにかく保身というか、自分のプライドを守ることがいちばん大事なんだろーなという男の人は少なくない。
 

 そういえば、枡野さんとも親交の深い中村うさぎの『あとは死ぬだけ』では、最初の夫のことをこう書いてあった。 

あとは死ぬだけ

あとは死ぬだけ

 

彼はプライドが高く尊大な人間だった。しかも気分屋で、一度不機嫌になると手がつけられなかった。自分の怒りをコントロールできないのだ。どちらの言い分に理があるかなどという問題ではなく、たとえ相手が悪くないとわかっていても、いったん怒ってしまったら相手が平謝りするまで口もきかない。しかも、ものすごく些細なことでプライドが傷つくので、まるで爆発物のような慎重な扱いが必要だった。 

  ほんま超ウザいな~と思うが、よくいるタイプの男のようにも思える。しかし、とことんまで冷徹な視点を持つ中村うさぎは、男はだからしょうもないと一方的に断罪するわけではなく、そういう男にひっかかって執着する女、つまり、かつての自分にも容赦なく切りこむ。

自分を特別に優秀だと思いたい女が、このクソゲー男(←元夫のような類の男のこと)にはまるのは、ちょっとキャリアを積んだ登山家がエベレストに登りたがるようなものだ。要するに「腕試し」である。自分で自分を認めたいという欲望に加えて、周囲にもそれをひけらかしたい虚栄心もある。つまり、この手の女は自惚れが強いのだ。
自惚れの強い女と、プライドの高い男。両者に共通しているのは、一見自己評価が高そうだが、その実、誰よりも自信がなくてビクビクしているところだ。彼ら彼女らの城壁のごとく高いプライドは、脆弱な己を覆い隠すダンボール製の鎧に過ぎない。だが、その「こけおどし」で自分自身をも騙しているから始末に負えないのだ。 

 よっ! うさぎ節健在!と声をかけたくなる。さっきの町山さんの説教と同様、一から十までその通り。大病をして二度ほど死にかけたそうだけど、どれだけ身体がぼろぼろになっても、嘘や欺瞞を許さない独特の潔癖な価値観は変わっていない。ぬるくなっていない。
 この本では、生と死、そして神についての観念的な語りは、納得させられる部分もあったけれど、正直なところ「ふーん……」としか言いようがなかったりしたが、両親や最初の夫との関係を率直に綴った章は、鋭い分析が相変わらず冴えていて、たいへん読みごたえがあった。

甘えることは弱さだと思っていた。自分の弱さを憎み、強くなろうと必死で生きてきた。だが、ひとりで生きていける経済力や能力を身につけても、私は全然強くなんかなっていなかったのだ。自分の弱さを直視することも受け容れることもできないで、何が「強さ」だ。そんなのはクソゲー男のダンボール製の鎧と同じ、他者を寄せ付けないことで己の脆弱さを守ろうとする薄っぺらな自己防衛に過ぎない。 

 たしかに、弱さもふくめた自分を受け容れることはほんとうに難しい。中村うさぎは、

今後の私の課題は「他者を受け容れること」

と書いているが、まずは自分を受け容れないと、他者を受け容れることはできない。そして、受け容れるべき自分とは、こうありたい自分ではなく、弱い自分、あるいは正しくない自分だったりするのだ。前回の『結婚失格』の主人公は、自分の正しさに執着し、相手に正しさを要求して、すべてを失った。

私は、おそらく残り少ないであろう人生を、「愛」について真面目に考える時間に充てなくてはならないのだ。きっとね。