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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

恋愛→セックス→出産のグロテスクさ 『殺人出産』(村田沙耶香)

「私たちの世代がまだ子供のころ、私たちは間違った世界の中で暮らしていましたよね。殺人は悪とされていた。殺意を持つことすら、狂気のように、ヒステリックに扱われていた。昔の私は、自分のことを責めてばかりいました。何度命を絶とうとしたか知れません。でも、世界が正しくなって、私は『産み人』になり、私の殺意は世界に命を生みだす養分になった。そのことを本当に幸福に思っています」

 とにかく少子化が諸悪の根源のように叫ばれ、妊娠出産はすばらしいものだと喧伝される今日この頃。いや、もちろんそれ自体を否定する気はないですが、けど正直なところ、どんどんどんどん他人のお腹「だけ」が膨らんでいくのが、エイリアンが寄生しているようでおそろしく思えたり、産休で休んでいる人がまだ数か月の赤ちゃんを抱いて職場に来たりすると、触ったり、なんなら抱いたりしないといけない羽目にならないように、忙しいふりをして、遠まきに挨拶するに留めたりしている私のような人間は、居心地の悪さを感じることが多いのも事実。


 というわけで、『コンビニ人間』で芥川賞をとった村田沙耶香の『殺人出産』を読んでみました。 

殺人出産 (講談社文庫)

殺人出産 (講談社文庫)

 

  あえてそのままのタイトルにしているのだと思うけれど、「産み人」となって子供を十人産んだら、殺したい人を一人殺してもよいと定められた世界を描き、殺人=無条件で悪いこと、出産=無条件で良いこと、とされている現代社会の価値観や良識を逆撫でする設定が興味深かった。


 ただこの小説は、どうしても「殺人」のインパクトがなにより強く印象に残ってしまうが、この中短編集に収録されている『トリプル』『清潔な結婚』とあわせて読むと、世間ですばらしいこととされている、恋愛→結婚/セックス→妊娠/出産のグロテスクさが描かれていて、納得できるものがあった。

 『トリプル』はカップル(二人)ではなく、トリプル(三人)で付き合うことが主流になった世の中を描いている。もちろんセックスも二人で行うものとはぜんぜん流儀が違う。恋愛とは二人だけの排他的なものという常識と、セックスとは性器(だけ)の結合であるという常識を揺さぶる作品である。
 トリプルの恋愛を楽しんでいる主人公は、このご時世でも、あえてカップルで付き合っている友人のセックスを見て、吐き気を催す。

「……あんなおぞましいことで私は生まれたの? トリプルの、ちゃんとしたセックスで生まれた子になりたい。あんな不気味な行為で生まれただなんて、信じたくない」 

  性器至上主義に異を唱えるという点では、これまでも比較されているだろうけど、松浦理英子の『親指Pの修業時代』を想起させる。 

親指Pの修業時代 上 (河出文庫)

親指Pの修業時代 上 (河出文庫)

 

  ただ、松浦理英子の小説は、一対一の関係、排他的であることにこだわっていたように思うけれど、この物語では、排他的でもなく、嫉妬を含む三角関係でもなく、三人での心地よい関係を描いている。こういうのもいいかもしれない、と思った。
 が、一人の相手と想いを通じあわせるだけでもたいへんなのに、さらにもう一人も調達しないといけない……と考えると、かなり難易度が高そうだ。あと、フリーセックスとまではいかなくても、ポリガミー的な試みは実社会でもあるようだけど、全員が幸せな境地にはたどりつくのはなかなか難しい気もする。人間は嫉妬する生き物なので。


 『清潔な結婚』は、恋愛やセックスを持ちこまない「清潔な結婚」をした夫婦が子作りをはじめるという話。まるでコントのような子作りシーンでは、スラップスティックなぶんいっそう、恋愛→結婚/セックス→妊娠/出産の滑稽さが浮きあがっている。

「あの人の本当に求めるセックスを、あなたは与えてあげられないくせに! 彼はあなたじゃ勃たないのよ!」
「そうですね。だから家族なんです」

 

  この本に収められている作品は、どれも短編のせいか設定の奇抜さが一番印象に残り、小説としての展開という点では少し物足りないところもあるけれど、世間の「恋愛→結婚/セックス→妊娠/出産」への価値観に疑問を感じる人にとっては、考えるいい契機になると思う。『コンビニ人間』は、この地点からまた深まった作品だろうから、ぜひ読んでみたい。


 そういえば、前に紹介した『逃げるは恥だが役に立つ』もドラマ化されるらしい。 

  新垣結衣星野源という、原作読んでる人のほとんどが大満足するであろうキャストで。脚本とかの詳細は知らないが、契約結婚したふたりが恋に落ちる……だけの話ではなく、原作同様に結婚とはどういう「契約」なのか、そこに対価は発生するものなのか、まで描いてくれたらいいけど。