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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

愛おしさがつまった、素敵かわいいアンソロジー 高原英理編『ファイン/キュート 素敵かわいい作品選』

 高原英理の『不機嫌な姫とブルックナー団』がおもしろいと最近あちこちで耳にして、読んでみたいなと思っていたところ、こちらのアンソロジー、高原英理編『ファイン/キュート 素敵かわいい作品選』を見つけて、さっそく読んでみました。  

不機嫌な姫とブルックナー団

不機嫌な姫とブルックナー団

 

 

ファイン/キュート 素敵かわいい作品選 (ちくま文庫)

ファイン/キュート 素敵かわいい作品選 (ちくま文庫)

 

  とにかくキュート(「素敵かわいい」)なものがいっぱいつまった作品集で、いったん読みはじめると夢中になってしまった。動物に子供、老人に幻想……どれも愛らしいものばかり。誰もが知る、新見南吉の『手袋を買いに』(「お手々がちんちんする」)や、泉鏡花室生犀星の小品から、最近の斉藤倫や雪舟えまといった面々までの作品を幅広く収録している。


 キュートといえば猫、猫といえば金井美恵子(*個人の偏見です)というわけで、金井美恵子のエッセイ『ピヨのこと』も収録されており、ピヨというのは、金井さんが幼い頃に飼っていた猫の名前なんですが

他人は知らず、すくなくとも、わたしは他人の飼い猫がいかに素晴らしい猫だったか、という話にほとんど興味を持たない。他人の猫でも、顔見知りの猫なら話は別だが、それにしても、度のすぎた愛猫の自慢話ほど聞きにくいものは、他に、そう、親と呼ばれる人たちのする秘蔵っ子の自慢話くらいなものか。

 と、書いたすぐあとで、

ところで、ピヨだが、この猫はすっかり大人になってからも、実にきれいなアズキ(肉球のことを金井家ではこう呼んでいたらしい)の持ち主だった。なにしろ、ピヨときたら……実に頭の良い感心な猫だったのだから。

 と続けるのだから、ニヤリとしてしまう。


 そしてまた、猫エッセイの元祖のひとりと言える、幸田文の「小猫」もあり、小猫を二匹もらったものの、どうしても可愛らしい方ばかりに注目してしまい、不器量で人になつかない方は片隅でひとりぼっちになってしまった顛末を綴り、

むかし私は不器量でとげとげしい気もちの、誰からも愛されない子だった。そして始終つまらなかった。それがこたえていたので、三十、四十の後になっても大勢子供がいれば、きっとすねっ子、ひがみっ子、不器量っ子のそばへ行って対手になってやる気もちなのは、うそではなかった。けれども猫ではこの始末であった。

 と書くのも、胸にしみた。あと、現代を代表する動物愛好作家(と言ってもいいよね)・町田康のおなじみポチシリーズも入っています。読んでいる方はご存じでしょうが、ポチは飼い主のことです。


 犬や猫だけではなく、キュートなものとして子供はもちろん、老人の物語も取り上げられているのも興味深い。発売当初、斬新なタイトルもあいまって、かなりの話題だった中島京子の「妻が椎茸だったころ」もある。こういうことだったのか。そして、ミランダ・ジュライの『いちばんここに似合う人』から「水泳プール」が収録されている。この短編集、ほんとどれもヘンだけど切ない傑作揃いですが、この話もいい。床でばたばたと手と足をかいて、水泳の練習をする老人たち。ぜひ読んでみてください。 

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

 

  子供を描いた話がどれもかわいいのは当然ですが、子供が書いた、という言い方をしたら失礼だけど、1933年に16歳で夭折した少女山川彌千枝の文章も心に残った。


 そして最後には、編者高原英理の「うさと私(抄)」が収録されているが、もうこれがかわいいのなんのって。「私」のもとに「地味な兎ですが、ずっとつきあってください」というポストカードとともにやってきた、うさ。

私は「うにゃにゃにゃにゃ」と言う。好き好きの意味。
うさは「きゅーきゅーきゅー」と言う。ずっと一緒の意味。

夜中に目が醒めると、隣に兎が寝ていた。嬉しかったが、眠いのでそのまま寝てしまった。

夜中に目が醒めると、隣に兎がいなかった。悲しかったが、眠いのでそのまま寝てしまった。 

うさは「愛してる」と言わない。そのかわり、私の手をとって、「なかよし」と言う。 

  なんだろう、この愛の結晶のような詩。あとがきで書かれていたが、この作品が単行本で刊行されたとき、谷川俊太郎はこう帯文を書いたらしい。

キューキョクの愛の表現。スタイル・ユニーク。