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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

ペットのワニ、そして謎の雄鶏との痛快で切ない珍道中 『アルバート、故郷に帰る』(ホーマー・ヒッカム 金原瑞人・西田佳子訳)

翻訳本 金原瑞人

母からアルバートの話をきくまで、うちの両親がそんな旅をしていたとは全然知らなかった。アルバートを遠い故郷まで連れていくなんて、危険だし、そうそうできることじゃない。知らないことばかりだった。両親がどうして結婚したのかも、両親がどんな経験を経ていまのようなふたりになったのかも。それに、母には好きでたまらない人がいて、その人がのちにハリウッドの有名俳優になったということも。

  ワニを飼うというと、どんな話が思い浮かぶでしょうか?

 私はやっぱり岡崎京子の『pink』を思い出してしまう。ぶっ飛んでいて痛快で切ないユミちゃんの物語。この話もきっとそんな話に違いない……と思って、この『アルバート、故郷に帰る』読みはじめたら、最初は、あれ? ちょっと違うな…と感じた。 

アルバート、故郷に帰る―両親と1匹のワニがぼくに教えてくれた、大切なこと (ハーパーコリンズ・フィクション)

アルバート、故郷に帰る―両親と1匹のワニがぼくに教えてくれた、大切なこと (ハーパーコリンズ・フィクション)

 

  この物語の主役といえる語り手の母、エルシーは、ウェストヴァージニアの炭鉱の町で育ち、高校卒業とともにオーランドに出る。炭鉱の町とはうってかわって華やかなオーランドで、歌やダンスが得意なバディと出会って恋におちるが、バディは俳優になるためにニューヨークに行ってしまう。傷心のエルシーは 

「宿命に従ってみたらどうだ? 宇宙の意志でもあるんだぞ」

  と、故郷の町の炭鉱の監督に言われて、高校の同級生であった語り手の父、ホーマーと衝動的に結婚する。正直なところ、好きな人とはうまくいかずに、やけっぱちな気持ちになって、手近なところで手を打つくだりは、独身の自分にとって、夢ないな~と感じてしまった。

 そして、好きだったバディに結婚することを告げたところ、お祝いとして贈られてきたのが、ワニのアルバートだったのだ。 

この世のなかでアルバート以上に大切なものがあるだろうか。エルシーは膝をついて、アルバートのおなかをなでてやった。アルバートはうれしそうに前足を動かし、歯をぎらつかせて笑った。 

  
 と、エルシーはたいへん可愛ったものの、アルバートはどんどんと大きくなって飼いきれなくなり、ホーマーに「ぼくか……ワニか……どっちかを選んでくれ」と言われて、アルバートの故郷のオーランドに捨てに行くという物語なのだけど、正直、このくだりも、「ペットを飼うなら最後まで責任をもって! というか、ホーマー、ほんまケツの穴が小さい男やな~。だからエルシーに愛されへんねん」と、しょっぱい気持ちになった。
 
 が、物語冒頭のこのビミョーな気持ち、ホーマーとエルシーのすれ違い、それぞれが抱えている不安や鬱屈が、旅を続けていくことで徐々に解消され、ふたりの絆が深まっていく。
 といっても、旅情あふれるしみじみした道中ではまったくなく、旅のはじまりから、銀行強盗に巻きこまれたり、ジョン・スタインベックとともに労働争議にまきこまれて、ダイナマイトで靴下工場を吹き飛ばす羽目になりかけたり、密造酒の密輸団に連れ去られたりと、かなり荒唐無稽だ。映画に出たり、ヘミングウェイに会ったりもする。クセが強い面々が次から次へと、ホーマーとエルシーの前にあらわれる。直情的で勇敢なエルシーは、そんな奇妙な連中や悪党たちにも物怖じすることなく立ち向かい、そしてホーマーは、そんなエルシーとアルバートを守ろうと奮闘する。

 ホーマーとエルシーのあいだにも、すんなりと愛が生まれるわけではない。深刻な危機が何度も訪れ、もうこの結婚は無理だと、ふたりとも幾度も思う。けれど、宿命はふたりに味方した。
 

ホーマーはにっこり笑った。エルシー・ガードナー・ラヴェンダー・ヒッカムが、とうとう愛しているといってくれた。いまなら死んでもいい。美しいエルシーと、そのうしろにいるアルバートを見つめた。自分は世界一の幸せ者だ。こんなに美しくてすばらしい女性と結婚できたのだから。
 アルバートはホーマーを見て、ノーノーノーと抗議の声をあげた。ホーマーはそんなアルバートを見てうなずくと、エルシーを頼むよと、心の中で呼びかけた。 

  そして、かの心の恋人バディもやって来て、三人でアルバートを自然にかえすことになる。 

アルバートの顔から笑みが消えた。エルシーを見つめ、なんでだよというように鼻先をエルシーにこすりつける。

  このアルバートとの別れのシーンは、何度読んでも泣いてしまう。「なんでだよ」というのが切ない。

 けれど、この別れはホーマーとエルシーにとって必要なことだったのだ。バディと過ごしたオーランドの思い出に別れを告げるために。いやだいやだと思っていた炭鉱の町で、鉱夫の妻として生きていくために。

 この小説の章と章のつなぎ目には、語り手「ぼく」の回想として、その後の父ホーマーと母エルシーが描かれているが、結局のところ、炭鉱の町でエルシーが幸せだったのかどうかはよくわからない。でも、これが宿命だったということなのだろう。

両親がアルバートを故郷に連れて行った話は、若い夫婦の風変わりな冒険物語というだけではない。それは天から与えられたもっとも偉大かつ唯一の贈り物――愛という言葉ではあらわしきれない、奇妙な、そして奇跡的な感情――をふたりがたしかに手に入れる物語なのだ。