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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

年末年始に読んだ本 『屋根裏の仏さま』(ジュリー・オオツカ 岩本正恵・小竹由美子訳)『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(ジェームズ・M・ケイン 田口俊樹訳)

 さて、もう正月気分もどこへやらって感じですが、年末年始に読んだ本をメモしておきます。 

屋根裏の仏さま (新潮クレスト・ブックス)

屋根裏の仏さま (新潮クレスト・ブックス)

 

  この『屋根裏の仏さま』は、日系三世のアメリカ人作家ジュリー・オオツカが描いた、二十世紀初頭に、日本から「写真花嫁」として、アメリカに渡った女性たちの物語である。夫の写真と経歴――どこまでほんとうかどうかわからない――だけを見て、日本からアメリカに嫁ぐことを決めた女性たち。そんな日系移民の膨大な書籍や資料をもとに、ジュリー・オオツカはこの作品を書いたらしい。 

船でわたしたちはよく考えた。あの人のことを好きになるかしら。愛せるかしら。波止場にいるのを初めて見るとき、写真の人だとわかるかしら。

 「わたしたち」という人称を主語とする作品というと、ジョシュア・フェリスの『私たち崖っぷち』を思い出した。 

私たち崖っぷち 上

私たち崖っぷち 上

 

  こちらは現代の広告代理店を舞台にした小説で、まったく環境は異なるが、一枚の写真を手に海を超えた女性たちと、リストラを目の前になすすべなく脅える社員たちと、寄る辺のなさという点では似ているかもしれない。どちらも「個」が消滅していることを「わたしたち」という主語であらわしている。


 「わたしたち」が、農家の小作人として、あるいはメイドとして、さまざまな意味で自分の身体を犠牲にしてひたすら働いて、ようやくアメリカ社会に落ち着いたころに、太平洋戦争が勃発し、日系人が収容所に入れられるくだりは、いたたまれない気持ちになる。 

 ちなみに、この本は翻訳家岩本正恵さんが訳している途中に病気で亡くなり、小竹由美子さんが引き継いだらしい。岩本正恵さんの翻訳というと、エリザベス・ギルバートの『巡礼者たち』が印象深い。いま思えば、この短編集がよかったのは、翻訳の力も大きかったのではないだろうか。 

巡礼者たち (新潮文庫)

巡礼者たち (新潮文庫)

 

 あと、今頃ですが『郵便配達は二度ベルを鳴らす』も読んだ。 

郵便配達は二度ベルを鳴らす (新潮文庫)

郵便配達は二度ベルを鳴らす (新潮文庫)

 

  以前読んだ『カクテル・ウェイトレス』がおもしろかったので、代表作のこちらも読んでみようと思っていたのです。 

カクテル・ウェイトレス (新潮文庫)

カクテル・ウェイトレス (新潮文庫)

 

  で、読んでみると、ちょっと予想していた話とちがって……いや、ネタバレになるかもしれませんが、おもな話の展開はだれでも知っていると思うので書くと、


 主人公と人妻である愛人が共謀して愛人の夫を殺そうとする話、とは知っていたけれど、それからの展開が、ほぉ~こう来るかって感じだった。なんとなくボニーとクライドみたいな、ロマンティックな悪党ラブストーリーを想定していたが、もうちょっと苦みのあるしょっぱい話だった。
 
 これも『カクテル・ウェイトレス』と同様に、語り手がどこまで真実を語っているのかが肝だと感じた。語りのとおり、裏表のない単純な悪党(ヘンな言い方ですが)なのか、血も涙もない極悪人なのか……。

 あと、この本は有名だけにいくつも翻訳が出ているようで、くらべていないのに言うのはなんですが、『カクテル・ウェイトレス』と同様に、田口俊樹さんのラフな(もちろん、あえてそういう文体を採用したのでしょうが)語り口が、主人公のやぶれかぶれな生きざま、愛人コーラの蓮っ葉な可愛らしさを、うまくあらわしていたと感じた。しかしアマゾンで見たら、古い翻訳も、田中小実昌小鷹信光中田耕治とそうそうたる面々ですね。読みくらべてもおもしろそう。