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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

大人になるっていうこと 『ペーパーボーイ』(ヴィンス・ウォーター著 原田勝訳)

 そういえば、前回の 『MONKEY』の「あの時はあぶなかったなあ」ですが、砂田麻美さんの飼い犬、柴犬のポン吉の話もおもしろかった。手羽先がそんなに犬にとって危険だったとは、、、しかし、「所詮、犬は畜生やよ」ってなんだか深い。

  ところでこの砂田麻美さん、映画監督として有名ですが、小説も書いていることを『本の雑誌』で知った。この『一瞬の雲の切れ間に』が『本の雑誌』の恒例の年間ベスト企画でかなりの高評価だったので、読んでみたくなりました。 

一瞬の雲の切れ間に

一瞬の雲の切れ間に

 

   しかし、『MONKEY』の柴田さんによるあとがきを読むと、レアード・ハントが柴田さんの経験談を気に入ってくれたので、ヤクザに殴られそうになった話がデンヴァ―大学から出ている文芸誌に載るとのことですが、きっとレアード・ハントも「電車のなかで音読?? Really?」と仰天したにちがいない。

  
  で、その柴田さんも審査員を務める日本翻訳大賞。二次選考に残った本を読んでいこうと、まずはヤングアダルト/児童書ではじめて二次選考に進んだ(たぶん)『ペーパーボーイ』から。 

ペーパーボーイ (STAMP BOOKS)

ペーパーボーイ (STAMP BOOKS)

 

   タイトルから想像できるように、12歳の主人公「ぼく」が夏休みのあいだ親友にかわって郵便配達を務める話。スヌーピーのマンガを読んでいても、チャーリー・ブラウンやルーシーがいろいろお店を開いたりしますが、ほんとアメリカって、子供の頃からこうやって新聞配達させたり、レモネードを売ったりして、社会に出る訓練をさせるんだなと感心する。

 しかも、なんといってもこの「ぼく」は、吃音持ちなのである。自分の名前すら満足に発音できない。けれど、ひねこびたり拗ねたりすることなく、新聞を配るのみならず、頑張って集金にまで行くところにますます感心した。いや、もちろん「感心」と本のおもしろさとは別物であり、「感心した」なんていうと、道徳的で説教くさい話かとかえって敬遠されるかもしれないが、それでもやはり、「……ssss」と息を吐きながら(そうしないと言葉がスムーズに出てこないので、というか、そうしてもスムーズには出ないのだが)、必死で世界とつながろうとする「ぼく」の姿には、感心せずにはいられなかった。

初めての金曜の夜の集金にはいつもの半ズボンじゃなくて長ズボンをはいていくことにした。玄関に出てきた人の前でどもってしまったら脚がむきだしになってないほうが少しは大人に見えるんじゃないかと思ったのだ。    

なぜかぼくにとっては自分の名前を声に出して言うことがなによりむずかしい。「B」や「P」で始まるわけじゃないのに「やさしい息」をどれだけ出しても声は喉に引っかかったきり外に出てきてくれない。さらに悪いことに苗字も名前も同じ音で始まっている。ぼくにはこの世で自分の名前を全部言おうとすることほどきらいなことはなかった。点を打つことよりきらいだ。

  翻訳の工夫として感じたのは、上記の引用を見てもわかるように、「、」が一切ない。というのは、引用の最後にも書いているように、しゃべろうとするとすぐに息継ぎしてしまう「ぼく」は、書き言葉では点を一切打ちたくないのだ。文章のリズムを整えようとすると、どうしても「、」を打ちたくなるかと思うけれど、まったく点を打たずに翻訳し、それでいてスムーズにストレスフリーに読めるので、一見さらっと読めるこの本ですが、翻訳はかなり苦労したのではないでしょうか。  


 ストーリーは、おもに「ぼく」が新聞配達をして出会う人たち、両親、そしてメイドのマームとの関わりであり、そのなかでもとくに、マームと廃品を集めて生活するR・Tのふたりの黒人の姿が印象深い。ちなみに、この小説の舞台は1959年で、まだ公民権運動の前夜である。
 正直なところ、黒人のひとが、この心優しいメイドのマームと、すさんだ生活をしているR・Tの描かれ方(ある意味どちらもステレオタイプとも言える)についてどう思うのかは微妙かもしれないと少し感じた。(作者の良心はよくわかるけど)
 
 続編では、「ぼく」の両親の謎や、親友だけど結局ほとんど不在だったラット、そして「ぼく」の導き手となるスピロさんについて、もっと突っこんで描いてほしい。訳者あとがきで、「自分もスピロさんのようにありたい」と書かれていますが、ほんと同感です。若い頃は、集団で騒いでいる子供を見たりすると呪詛の念を送ったりしていましたが、こんなことを思うのも、歳をとった証でしょうか、、、