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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

黒人社会の厳しい現実と甘いラブ・ストーリーの融合 映画『ムーンライト』

 アカデミー賞で話題になった映画『ムーンライト』を見てきました。

moonlight-movie.jp

 トランプ政権への映画界からのアンチテーゼとも評されたように、黒人社会の厳しい現実を描いた映画……と思っていたら、それはたしかにそうなんだけど、それ以上に、まぎれもない純愛映画でした。
 以下は、ネタバレになりますが――
 
 まずはマイアミの黒人の貧困地域を舞台として、主人公シャロンの子供時代が描かれる。小柄で内気なシャロンは学校ではいじめられ、家でもドラッグ中毒の母親からしばしば邪魔者扱いされ、どこにいっても居場所がない。そんなシャロン父親代わりになり、手を差し伸べてくれたのがファンだった。しかし、そのファンが母親にドラッグを売っている張本人だった……

 次はシャロンの高校生時代が描かれる。シャロンは相変わらず学校ではいじめられっ子のままであり、ドラッグ中毒の母親は心身ともにボロボロになっている。そんなシャロンが密かに思いを寄せるのは、幼なじみの同級生ケヴィンである。恋心は一瞬通じあったように思えたが、そんなふたりを引き裂く事件が起きる……
 
 そして、最後は大人になったシャロンが描かれる、といったストーリーで、とくに大きな事件が起きることもなく、物語は淡々と進む。けれども、非常に繊細に、そして丁寧にシャロンの心の動きを追っているため、ちっとも退屈しなかった。不安定なカメラワークもたいへん美しく、心情をうまく反映していた。(が、正直なところ、少し酔いそうになりましたが)
 
 ふつう、子役が演じる子供時代はかったるくなることが多いけれど(私だけか?)、子役の演技がすごく自然で、ほんとうにいじらしくて見入ってしまった。
 考えたら、黒人だからといって、みんながみんなfunkyでノリがよく、いかつい身体をしているわけではないのは当然だ。でもそういう一般的なイメージ、おそらく本人たちも内面化しているマッチョイズムにより、シャロンのような華奢でシャイな男の子は黒人社会に馴染めず(高校生のシャロンが、「なんでそんな細いジーンズはいているんだ?」と言われるシーンは少し笑えた)、言うまでもなく白人社会には混じれない――というより、この映画では白人社会など出てこない。いつもドラマや映画で目にする、東海岸や西海岸の白人社会など完全な別世界だ。それが現実なのだろう。
 
 このひょろひょろのシャロンを見ていると、昔読んだ――それこそ高校生くらいのときなのでほんとうに大昔だが――山田詠美の『ジェシーの背骨』を思い出した。詳しい内容は覚えていないけれど、主人公の女と、その恋人の子供ジェシーとの心の葛藤を描いた物語だった。実の親の恋人に複雑な感情を抱くのは、どこの国の人間であろうと当然なのだけど、「黒人」としても「子供」としてもステレオタイプに描かれていないジェシーが当時の私には新鮮だった。 

 あとは、前も取りあげた、ゾラ・ニール・ハーストンの『彼らの目は神を見ていた』。前にも同じようなことを書いたけれど、ゾラ・ニール・ハーストンは当時の黒人文学の主流であった、「黒人を差別する白人を糾弾する小説」を書かずに、「黒人の男に虐げられる黒人女性」を描いて、黒人社会から激しいバッシングを受けたという。ゾラが描いた主人公は男を倒す強い女だったが、ゾラ自身はバッシングが関係あったのかどうかはわからないが、最後は困窮して野垂れ死んだのだった。 

彼らの目は神を見ていた (ハーストン作品集)

彼らの目は神を見ていた (ハーストン作品集)

 

  子供時代、高校時代と過酷な思いを味わってきたシャロンだが――結末のネタバレになりますが――大人になってからの展開は非常に甘い。いや、それが悪いと言っているのではなく、まるで現実から遊離したおとぎ話のようで、切なく胸をうたれた。
 施設に入っていると思われる母親がすっかり改心しているのも、現実ではなかなかあり得ないと思うが(依存症が改善されるのも、毒親がマトモになるのもまず聞かない)、涙を流すシャロンに素直に感情移入ができた。

 そしてケヴィンとの再会。しかし、前に『キャロル』を読んだときも思ったが、いまの時代にロマンティックなラブ・ストーリーを描くのは、男と女では無理なんだろうか。異性愛と同性愛、どこが違うかというと、やはり異性愛は結婚や家族といった社会制度、つまり資本主義制度を支えるものであるから、「純粋な恋愛」というのが難しくなっている、ということだろうか。その点、同性愛なら、いまの時代でもやはり、社会から背を向けて、ふたりきりの世界を生きるという側面があるから、甘いラブ・ストーリーが成立するのだろうか。

 
 あと、俳優たちの演技もよかった。メインキャストのシャロンとケヴィンを演じるそれぞれ三人は、そんなに有名俳優ではないようだが、すごくはまっていた。年齢ごとに役者が変わるのに、演出の力が大きいのだろうけど、違和感を感じることがなかった。とくにシャロンの子役は、演技未経験だったなんてまったく思えない。
 一番の有名どころは、シャロンのドラッグ漬けの母親を迫力満点に演じたナオミ・ハリスだが、彼女はケンブリッジ大学出身のイギリス人女優で、酒やタバコはもちろん、コーヒーすら飲まない超クリーンな生活を送っているらしい…役者ってすごいですね。