快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

”歴史の証人”となるためのブックガイド② 『1980年代』『小さいおうち』(中島京子)『こびとが打ち上げた小さなボール』(チョ・セヒ 著, 斎藤真理子 翻訳)


 さて、前回は欧米の歴史についての本を紹介したけれど、やはり日本とアジアについての歴史も忘れちゃいかんと、日本の近過去を扱った『1980年代』も読んでみました。 

1980年代 (河出ブックス)

1980年代 (河出ブックス)

 

  というか、斎藤美奈子さんが編集しているので、気になって手に取ったのですが。

 さまざまな書き手が、1980年代のあらゆる事象について考察していて、なかでも作家の中島京子さんと、翻訳家・ライターの斎藤真理子さんが、80年代に流行した「日本を脱出して留学する女性」の当事者として、自らの経験を語っているのが興味深かった。

出版社で働いたのちに、アメリカに留学した中島京子さんは、こう書いている。

就職して何年後かに海外に行くというスタイルは、80年代以降、若い女性の人生コースの一選択肢であり続けている。
彼女たちの海外雄飛は、いつまでも男性優位と同調圧力が止まないこの国を生きる女性たちに、その息苦しさから離れてみる時間と空間を提供しつづけているのだろう。

まさにそのとおり、としか言いようのない。

 中島京子さんというと、以前こちらで話題作の『妻が椎茸だったころ』を紹介したけれど、

dokusho-note.hatenablog.com

歴史を描いた作品としては『小さいおうち』がある。

 女中による控えめな語り口で、ある一家において戦時中に秘められた想いがあかされるという、カズオ・イシグロの『日の名残り』を思わせる物語だった。

 山田洋次監督によって映画化されたのでご存じの方も多いでしょうが……それにしても、奥様が松たか子で女中が黒木華、というのはハマリ役だけど、「板倉さん」が”満男くん”(いや、”純”ですかね)こと吉岡秀隆だったのは、少々イメージとちがったが、、、それこそ現代のシーンを演じた妻夫木くんの方がよかったかと。(注:あくまでも個人の感想です)

 まあとにかく、小説の方は、昭和初期の穏やかな暮らしを戦争が徐々に蝕んでいくさまがじっくりと描かれていておすすめです。いままさに読むべき本かもしれません。 

小さいおうち (文春文庫)

小さいおうち (文春文庫)

 

 そして、斎藤真理子さんのエッセイは、まだ韓国が「軍事独裁のコワイ国」、または「買春観光の国」と思われていた1980年代に韓国語を学ぶということ、について書かれていて、たいへん刺激的だった。

「買春観光の国」って、若い人はご存じないでしょうが(私もそんなに詳しくないが)、1980年代、日本の男たちはアジアに「買春観光」することで有名だった…ってこれぞまさに恥ずべき歴史ですね。

 そういえば、私が韓国にはじめて行ったのは2000年前後だけど、韓流ブームの前だったので、韓国旅行といえば「パチもん(偽ブランド品)買い」か「板門店(またはロッテワールド)観光」が目的だと思われていたのだった。
 それがいまは、韓国といえば、韓流スターに質の高いコスメ、そして街を歩くきれいな女の子たち…となったので、時代のうつりかわりって案外あっという間なんだなと感じる。


 斎藤真理子さんが以前訳された、日本翻訳大賞を受賞したパク・ミンギュの『カステラ』もおもしろかったので、『こびとが打ち上げた小さなボール』もいま読んでいるところだけど、短編集なら読みやすいかなと思いきや、過酷な現実を描いていながら寓話のようでもあり、どの短編もどっしりとした読みごたえがある。 

カステラ

カステラ

 

 

こびとが打ち上げた小さなボール

こびとが打ち上げた小さなボール

 

 思いおこせば『カステラ』も、寓話のような物語を軽妙に語りつつ、ありがちな言葉だけど「現代の閉塞感」――具体的には大学を出ても職がないとか――をしっかりと伝えていた。

 そして、この『こびとが打ち上げた小さなボール』は、急激に経済発展する1970年代のソウルを舞台に、家を奪われる人々の生活を丹念に描いていて、この社会が奪おうとしているのは、家だけではなく人間の尊厳であることがひしひしと伝わってくる。

 ところで、今回ウィキペディアを見て、斎藤真理子さんが斎藤美奈子さんの妹だと知っておどろいた。兄弟姉妹っておもしろいものだなと、ひとりっこの私はあらためて感じた。


 あと、『1980年代』に戻ると、横井周子さんによる「少女マンガ界に咲くドクダミの花」への愛情あふれる文章もよかった。この懐かしい呼び名…そう、少女マンガ史に残る怪作、岡田あーみんの『お父さんは心配性』です。 

お父さんは心配症 (1) (りぼんマスコットコミックス (351))

お父さんは心配症 (1) (りぼんマスコットコミックス (351))

 

  あーみんは自分の作品のテーマは、「ストレートな愛情であり、迷惑スレスレの純粋さ」であると語っているらしい。ほんとそのとおりだ。
 しかしいま考えると、当時の『りぼん』って、『有閑倶楽部』や『ときめきトゥナイト』から、『ちびまる子ちゃん』や『お父さんは心配性』まで載せてたって、どんだけ幅広いねんってつくづく感じる。