快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

おれは黒い それって最高。『リズムがみえる』(絵 ミシェル ウッド 文 トヨミ アイガス 訳 金原瑞人 監修 ピーター バラカン)

 異常気象が続いたこの夏、暑さのせいか電車が止まったり、台風のせいで行くつもりだったライブが中止になったりと、なんだか落ち着かない日々が続くなか、8月の終わりにまたひとつ歳をとった。

 そしてまるで誕生日プレゼントのように、この絵本が届いた。(もちろん、サウザンブックスのクラウドファンディングで購入していたからですが) 

リズムがみえる

リズムがみえる

 

 さっそくページをめくると

わたしたちの始原のリズムがみえる。

人々の鼓動と陸の鼓動が

溶けあって伝わってくる。

 という言葉と、精密かつ躍動感のある絵から、アフリカのどこまでも広がる大地に音楽が響きわたっているのが目に浮かぶ。ところが―― 

奴隷商人がやってくる。

恐怖で鼓動が速まる。 

  ヨーロッパからやってきた奴隷商人たちが、アフリカの現地人を捕まえて船に積みこみ、新世界で売りとばすようになる。いや、新世界に着くまえに、船のなかで命を落とす者も少なくなかった。
 
 送りこまれた新世界では、太鼓を鳴らすことが禁じられる。「奴隷たちが、主人の理解できない方法でコミュニケーションをとることを防ぐためだった」と説明されているが、ほんとうは純粋におそろしかったのではないだろうか。生命の鼓動をそのまま写し取った鮮烈なリズムが。 

太鼓は禁止されたけれど

音楽は

わたしのなかに生きている。

 と、ここから現在に至るまでのブラックミュージックの歴史が綴られている。

 奴隷の歌からブルーズが生まれ、ラグタイムやジャズが街にあふれ、ビッグバンドがスウィングを奏でる。リズム&ブルーズ/ソウルやファンクがブラックミュージックに由来することは言うまでもないが、ロックン・ロールだってチャック ベリーがいなければ生まれなかった。

 南北戦争に世界大戦、公民権運動といった時代状況も、端に添えられた年表で解説されている。時代の速度に呼応するかのように、ブラックミュージックのリズムもどんどんとヒートアップしていく。もうレコードでのんびり歌を聴くような優雅な時代じゃないと言わんばかりに、レコードをひっかき、言葉をテンポよくたたみかけるラップ/ヒップホップが誕生する。

わたしのなかのアフリカは

自分の子どもをとりもどし

わたしにプライドを与え

わたしを自由にした……

(アレスティッド ディヴェロップメント「アフリカズ インサイド ミー」) 

  と、ブラックミュージックの歴史において、新時代を切り開いたアーティストの歌も引用されている。

  なかでも印象に残るアーティストはビリー ホリディと、先日亡くなったアリーサ フランクリンだ。(お気づきのように、この絵本では日本で一般的に使われている表記ではなく、現地の読みに近い表記を採用しています) 

ビリー ホリディが必死に戦い

アメリカの黒人女性を代弁する「レイディ デイ」になる。

彼女の歌をきいていると、涙がこぼれる。 

 ちょうど、村上春樹の『雑文集』のなかの「ビリー・ホリデイの話」を読み返したところだったので、胸に迫るものがあった。 

村上春樹 雑文集 (新潮文庫)

村上春樹 雑文集 (新潮文庫)

 

 作者がジャズ・バーを経営していた時代に遭遇した、物静かな黒人兵の物語。
 うん、ビリー・ホリデイならなんでもいいよ。ときどきそんなリクエストをした彼は、一度だけ、ビリー・ホリデイを聴きながら、肩を震わせ静かに泣いていた。

 それ以降、彼の姿を見かけることはなかった。 

僕は今でも、ビリー・ホリデイの歌を聴くたびに、あの物静かな黒人兵のことをよく思い出す。遠く離れた土地のことを思いながら、カウンターの端っこで声を出さずにすすり泣いていた男のことを。その前で静かに融けていったオンザロックの氷のことを。それから、遠くに去っていった彼のためにビリー・ホリデイのレコードを聴きに来てくれた女性のことを。 

  アリーサ フランクリンで思い出すのは、やはり松浦理英子の『ナチュラル・ウーマン』だ。 

ナチュラル・ウーマン (河出文庫)

ナチュラル・ウーマン (河出文庫)

 

私はあなたに恋する愚か者の列に加わった、とアリサが歌っている。

「不思議なんだけど」背中の上から囁きかける。「私、あなたを抱きしめた時、生まれて初めて自分が女だと感じたの。男と寝てもそんな風に思ったことはなかったのに。」 

  この絵本の年表にも、1967年にアリーサ フランクリンが『リスペクト』でヒットチャートの1位に輝いたことが記されている。

 『リスペクト』は “All I'm askin' is for a little respect when you come home” と「ねえ、少しくらいは大事にしてよ」と恋人同士のいちゃつきのようにも聞こえる歌だけど、 

R-E-S-P-E-C-T
Find out what it means to me

というくだりでは、単に色恋や性愛にとどまらない、黒人として、そして女性としての尊厳を切に求める声として胸に迫る。

 黒人としての尊厳といえば、もちろん「ソウルのゴッドファーザー」ことジェイムズ ブラウンもこの絵本に登場する。 

大声で叫ぼう――

おれは黒い

それって最高。

それって最高。そう思えることがなにより大事なのだ。黒くても、白くても、黄色くても、男でも、女でも――。