快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

はじめての海外文学@梅田蔦屋書店(2019/01/26)前編 『ピアノ・レッスン』(アリス・マンロー 著 小竹由美子訳)など

 さて、先週土曜日は、梅田蔦屋書店で行われたイベント「はじめての海外文学」に行ってきました。 

 「はじめての海外文学」って何なんそれ?
 という方もいるかと思いますが、ふだん海外文学になじみのない読者に向けて、翻訳者さんがおすすめの本を紹介するという趣旨のもと、書店でのフェアや読書会を開催し、今回のように、翻訳者さんが登壇しておすすめの本をプレゼンするというイベントも行ったりと、
 要は、海外文学ビギナーのためのファンミのようなもの……? いや、ファンミというと閉鎖的な感じもしますが、誰でも参加できるオープンな会です。

 で、東京では何回か開催されていたけれど、大阪では今回が初のイベント。8人の翻訳者さんが、10分の持ち時間でそれぞれのおすすめ本について語ってくれました。
 ※ちなみに、以下のレポートは、誰々がこう語ったと明記しているところ以外は、私の(勝手な)感想です。

 まず、トップバッターの越前敏弥さんがプレゼンしたのは、自らの訳書『おやすみ、リリー』。 

おやすみ、リリー

おやすみ、リリー

 

  ここでも紹介したように、動物を愛するひとすべてに読んでもらいたい本。

 犬でも猫でもペットを飼っているひとなら、常に感じていることだろうが、私たちが犬や猫にしてあげていることより、犬や猫から私たちが受けとるものの方がずっと多い。(おそらく子育てもそうなのでしょう)そのことがひしひしと強く伝わってくる。


 ずっとリリーに支えられてきた「ぼく」が、これからは自分がリリーを守ろうと奮闘するさまが、ときにコミカルに、ときに胸に迫り、思わず「ぼく」に感情移入し、ひきこまれてしまう。

 動物が好きだからこそ、こういう本はつらくて読めない……というのはよくわかる。でも、別れはいつかは訪れるものなので、そのときの予行演習だと心を決めて読んでみてはどうでしょうか。


 越前さんが話されていたように、タコと「ぼく」のやりとりも絶妙。ビートたけしの口調を意識して訳したとのことだけど、『テッド』の有吉あたりを想像してもよさそう。

 ほかには、先日惜しくも亡くなられた(「惜しくも」という言葉がこれほどあてはまる事態はそうそうない)天野健太郎さんの訳書『星空』を紹介し、先日のお別れ会で配られた遺稿集をまわしてくれたのが有難かった。 

星空 The Starry Starry Night

星空 The Starry Starry Night

 

  じっくりとは読めなかったけれど、台湾の本を日本に紹介するにあたり、天野さんがどれくらい真剣に戦略を練っていたのかがよくわかった。『歩道橋の魔術師』のヒットは偶然の産物ではなく、ある意味必然ですらあったのだろう。
 だからこそ、ほんとうに惜しいひとを失ったな、と……

 次の小竹由美子さんがプレゼンしたのは、BOOKMARK13号にも紹介されているグラフィックノベル、『マッド・ジャーマンズ ドイツ移民物語』。冷戦下にアフリカのモザンピークから東ドイツに移民した、ふたりの少年とひとりの少女の物語。小竹さん曰く、文章も絵もシンプルでありながらリリカルな物語らしい。 

マッドジャーマンズ  ドイツ移民物語

マッドジャーマンズ ドイツ移民物語

 

   小竹さんと言えば、やはりノーベル賞作家アリス・マンローの翻訳の印象が強い。
ということで、マンローの『ピアノ・レッスン』も紹介された。 

ピアノ・レッスン (新潮クレスト・ブックス)

ピアノ・レッスン (新潮クレスト・ブックス)

 

  こちらはマンローの初期作品集で、マンローをはじめて読むひとにもおすすめとのこと。これを読めば、「男のひとは女がわかる、女のひとならぐっとくるはず」という小竹さんの熱弁に胸を打たれて購入した。(いや、最初から買うつもりだったのですが)


  さっそくいま読んでいるところだけど、たしかにどの短編もストーリーにすっと入りこめる。これだけ読みやすいのに、短い物語に人生がぎゅっと凝縮されている味わいは、のちのマンローの作品と変わらない。

 訳者あとがきで、「マンローはまさに真のフェミニストであると思う」と書かれているけれど、「わたしには仕事場が要る」とマンローに近いと思われる主人公が決意する「仕事場」は、どうしてもヴァージニア・ウルフの『自分ひとりの部屋』を想起させる。

 この短編では、仕事場を借りることはすんなりと成功するのだが、その後の顛末がなかなか数奇で(でも、こういうひといるよな…という気もする)、人生の奇妙な味わいについて考えさせられる。
 そのほかにも、作者の子供時代や少女時代の思い出を材料にしているような、少女たちの繊細な心の動きや痛ましさが描かれている物語がとくに印象的だった。

 

 次の芹澤恵さんがプレゼンしたのは、『マンゴー通り、ときどきさよなら』。 

マンゴー通り、ときどきさよなら (白水Uブックス)

マンゴー通り、ときどきさよなら (白水Uブックス)

 

  先程の『ピアノ・レッスン』も、少女が成長していく過程の出来事が綴られている短編が多かったが、こちらも移民一家の少女の成長を描いた物語らしい。

 移民というとアメリカンドリーム的なものを連想するが、この主人公の少女は、「希望」という意味を持つ自分の名前を毛嫌いしているとのこと。自分なりの「希望」を探し求める話なのだろうか。読んでみたくなった。

 そして、自らの訳書のキャサリンマンスフィールドの『不機嫌な女たち』と、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』の紹介も。 

  キャサリンマンスフィールドは日本では早くから紹介されていたけれど、早すぎたのではないか、と。いまようやく時代が追いついたような気がする、と語られていた。

 たしかにそんな気もする。いや、「ガーデン・パーティー」などの代表作しか読んだことがないけれど、アリス・マンローのところで表現した「女ならぐっとくる」「少女の繊細さや痛ましさ」という言葉が、こちらにもぴったりとあてはまるように思えるので、いまこそ読むべき作家なのかもしれない。

 『フランケンシュタイン』は、やはり映画『メアリーの総て』も話題になったので。ここで『ヒロインズ』を紹介したときに、『メアリーの総て』の感想も書いたけれど、おもしろかったので原作も読まないと。

 次の田中亜希子さんは、『サキ 森の少年』をプレゼン。 

サキ―森の少年 (世界名作ショートストーリー)

サキ―森の少年 (世界名作ショートストーリー)

 

 あとに登壇された和爾桃子さんも訳されているように、サキのアンソロジーはたくさんあるけれど、こちらは児童文学の翻訳で定評のある千葉茂樹さんの訳なので、海外文学のビギナーにもたいへん読みやすく、けれども、サキ特有のシニカルなオチはじゅうぶんに楽しめる短編集とのこと。

 いま検索したら、有名な「開いた窓」に、言葉を理解する猫が登場する、私も好きな「トバモリー」が収録されている。ほかの訳と読み比べてみるのもいいかも。

 また、千葉さんと同じく田中さんも児童文学を専門としているので、自分の訳書では『ぼくはアイスクリーム博士』という絵本を紹介。 

ぼくはアイスクリーム博士

ぼくはアイスクリーム博士

 

 「だいすきなアイスでいつも頭がいっぱい」で「なんでもアイスに結びつけ」るジョーくんの物語らしい。
 
 気持ちわかる! いや、私はアイスはそれほど好きではないけれど、パンやあずきのことばっか考えたり、しょっちゅう食べログでおいしいぜんざいの店を探したりしてしまう。

 しかし、おとながお菓子ばっかり食べていても、絵本にならないのが悲しい。絵本どころか、セットになるのは肥満や糖尿病だ。はては、勝手に検索履歴をチェックされて、こんな本が広告欄にあがってきたりする始末。 

あんこ読本  あんこなしでは生きられない

あんこ読本 あんこなしでは生きられない

 

と、最後はついどうでもいいことを書いてしまったが、とりあえず前編はここまで。


 イベントでは個々の本の話を聞くのが楽しく、またあとで振り返ると、現在の日本ではどのように海外文学が受容されているのか、海外文学を読んでもらうためにはどうしたらいいのか、考えるきっかけになった2日間でした。自分なりに、考えをまとめていきたいと思います。