快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

2020年1月26日「はじめての海外文学 in 大阪」(梅田蔦屋書店)レポート

 さて、1月26日に梅田蔦屋書店で行われた「はじめての海外文学」に参加しました。

 翻訳者の方たちが全力でオススメの海外文学を紹介する、この「はじめての海外文学」。東京では去年の10月に開催される予定でしたが、大型台風の襲来によって中止となり、今回大阪でそのリベンジをすべく、熱気ムンムンのなか開催されました。

  トップバッターは越前敏弥さん。オススメ本は『完訳 オズのふしぎな国』。『オズの魔法使い』を読んだ人は多いかと思いますが、その続編まで読んだ人は少ないのではないでしょうか? そもそも、続編があること(もしくは訳されていること)すら知らない人が多いような気もする。 

  と言いつつ、私も読んでいないのだけれど、この二作目では、前作でおなじみのかかしやきこりが国王になっているという、まさかの大出世を成しとげていて、さらにラストには「大どんでん返し」が待ち受けているとのこと。『オズの魔法使い』のラストも、意外といえば意外(ちょっと脱力系の)だったけれど、このオズの世界で「大どんでん返し」とはいったい……? 

 あと、「大どんでん返し」つながりで、映画『9人の翻訳家』も紹介されていた。しかし、大どんでん返しといったミステリー仕立て以前に、「あなたはこの結末を〈誤訳〉する」とか、「誤訳しっぱなしの104分」とか、この映画のキャッチコピーがもう呪いとしか思えない。 

gaga.ne.jp

 次の木下眞穂さんは、ご自身の訳書であり、去年の日本翻訳大賞受賞作でもある『ガルヴェイアスの犬』。 

ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)

ガルヴェイアスの犬 (新潮クレスト・ブックス)

 

  この小説は、ポルトガルの小さな村ガルヴェイアスに隕石が落ちてくるところからはじまる。 

ほかにいくらでも場所はあったはずだが、行先は定まっていた。夜の帳が下りても月はなく、凍える星々だけが濁った空の裂け目の奥から姿を見せている。

  その隕石落下をきっかけに、村の様相が徐々にあらわになっていく……と、ガルヴェイアスそのものを描いた物語という紹介を聞いて、『百年の孤独』のマコンドを思い出した。けれどもマコンドとちがい、このガルヴェイアスは実在する村であり、作者ペイショットの故郷である。また、ポルトガル独裁政権から民主化されてから十年後となる、1984年に焦点をあてている。

 とある時代の実在する村を舞台にしている、ということだけが理由ではないだろうが、物語の筋がいかにも小説らしく収斂していかないところがこの作品の大きな魅力だと、翻訳大賞選考委員の柴田元幸さんも評していたらしい。 

 小竹由美子さんのオススメ本は、『あのころ、天皇は神だった』。 

あのころ、天皇は神だった

あのころ、天皇は神だった

 

  第二次世界大戦下のアメリカにおける日系人一家を主人公とする物語。衝撃的な冒頭の場面に続いて、父親が連行され、一家が収容所に送られ……という劇的な筋が、きわめて淡々とした語り口で描かれる。それだけに、最後にせりあがる情感が忘れがたいインパクトを残す。

 国家の安寧のためという名目で、移民の人権が踏みにじられる事態は過去の戦時下にかぎったものではく、現在の日本での入管における問題にもつながっているとのこと。
 小竹さんが去年の「はじめての海外文学」で紹介されたグラフィックノベル、『マッドジャーマンズ』も、アフリカからドイツに移住した若者たちを描いた作品であったことを思い出した。 

マッドジャーマンズ  ドイツ移民物語

マッドジャーマンズ ドイツ移民物語

 

  芹澤恵さんのオススメ本は、『iレイチェル』。 

  このiとはアンドロイドを意味し、亡くなったレイチェルがアンドロイドとなって蘇るという、喪失と再生、そして成長を描いた物語。

 というとSFのような設定だけど、SFど真ん中という小説でもなく、かといって純文学でもなく、こういった既定のジャンルにおさまりにくい作品は、どうしても埋もれがちになるからこそ紹介したいと語られていた。

 たしかに、海外文学においては、コアな純文学、あるいはミステリーやSFといったジャンル小説は固定ファンがいて、また書評などで取りあげられることも多く、読者の目に留まる機会が多いように思うけれど、ジャンルに括りにくい作品は(昔は「中間小説」などいう言葉もあったような)、いくら読みものとしておもしろくても、読者になかなか届かず、もったいないと感じることが多い。そういう作品がもっと売れたら、読者の裾野も広がるだろうけれど。

 あと、インドネシア文学やチベット文学についての話も興味深く、『雪を待つ』を読んでみたくなった。 中国や韓国の小説がいま注目されているけれど、アジアはもっと大きく、まだまだ奥深い。

チベット文学の新世代 雪を待つ

チベット文学の新世代 雪を待つ

 

  田中亜希子さんのオススメは、アーサー・ビナードさんと木坂涼さんご夫婦がアメリカの名詩の中から62編を選んで訳しおろした、『ガラガラヘビの味 アメリカ子ども詩集』。 しりあがり寿さんによるイラストも相まって、詩がぐっと身近に感じられることまちがいなしのアンソロジー詩集。

ガラガラヘビの味――アメリカ子ども詩集 (岩波少年文庫)

ガラガラヘビの味――アメリカ子ども詩集 (岩波少年文庫)

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2010/07/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 去年ご紹介された、アイスクリーム大好きっ子を主人公とした絵本、『ぼくはアイスクリーム博士』もこんな本あるんや!と思ったけれど、いつも意表をつく本を紹介してくれて、うれしいおどろきを与えてくれる。そして去年に引き続き、朗読もすばらしかった。 

ぼくはアイスクリーム博士

ぼくはアイスクリーム博士

 

  谷川毅さんは『13・67』を。最近は中国系アメリカ人作家ケン・リュウの『紙の動物園』のブレイクに続いて、中国発のSF『三体』が大ヒットしたりと、中国系の小説が注目を集めているが、その先駆けのひとつと言える華文ミステリー。 

 そして、この小説の翻訳者である天野健太郎さんが、この人気の下地を作ったと言っても過言ではないでしょう。2018年に亡くなった天野さんへの追悼の意もこめて、この本を選んだと語られていた。

13・67

13・67

 

 ちょうど前日にミステリー読書会を開いたところ、その懇親会でもこの『13・67』が〈究極の安楽椅子探偵〉として話題にのぼった。ミステリーに疎い私も(世話人なのに?)、この小説を読んだとき、最初と最後の短編までがつながる仕掛けや、それぞれの事件の背景として歴史に翻弄されてきた(現在もそのただなかにある)香港の姿が描かれる巧みさに感服した。
 谷川さんが訳された『愉楽』も気になっているので、読まないと… 

愉楽

愉楽

 

  夏目大さんは、『分別と多感』。『高慢と偏見』や『ノーサンガー・アビー』は読んだけど、これは読んだことあったっけ? と調べたところ、姉エリナーと妹マリアンそれぞれの結婚への道を描いた物語と紹介されていて、読んでいたのを思い出した。

 と、こんなふうにごっちゃになってしまうくらい、ジェイン・オースティンの本は男女のいざこざをちまちま描いたものばかりで、ある意味どれも似たり寄ったりとも言えるのだけれど、いったん読みはじめるとおもしろくて夢中になってしまうのが不思議。金井美恵子の小説(目白シリーズなど)が好きなひとにもオススメ。 

分別と多感 (ちくま文庫)

分別と多感 (ちくま文庫)

 

  これを原作とする映画『いつか晴れた日に』も紹介されていたが、エマ・トンプソン、30代後半で19歳のエリナーを演じているのか…いや、30半ばでも綾瀬はるかなら女子高生を演じたってアリな気はするし、違和感ないでしょう(たぶん)。映画の方も見てみないと。


 あと、年齢について夏目さんも語られていたけれど、昔の小説を読んでいるとき、よっぽどの年寄りかと思いこんでいた登場人物が、実は30代であることが判明して衝撃を受けること、あるある!と深く同意した。

 増田まもるさんは、最新訳書の『雲』も話題になっているエリック・マコーマックの『パラダイス・モーテル』をご紹介。 

パラダイス・モーテル (創元ライブラリ)

パラダイス・モーテル (創元ライブラリ)

 

  マコーマックの真骨頂である、どろどろした描写、気持ち悪さ、関西弁でいう“えげつなさ”が堪能できる作品とのこと。……というのに魅かれて、さっそく読みはじめているが、たしかに、冒頭からなかなかえげつない事態が語られている。

 そしてもうひとつ、去年南條竹則さんの訳で出版された、ラヴクラフトの『インスマスの影―クトゥルー神話傑作選―』も推薦されていた。ラヴクラフト怪奇小説幻想小説の愛好家から根強い人気があり、これまでもいくつも訳書が出ているけれど、これが決定版と言っていいのではないかとのこと。しかも文庫なので、入門編にも最適ですね。 

インスマスの影 :クトゥルー神話傑作選 (新潮文庫)

インスマスの影 :クトゥルー神話傑作選 (新潮文庫)

 

  最後は質疑応答へ。そこで、好きな作家の新作の訳書が出ないがどうしたらいいか、という質問があった。
 ここで話題に出た作品が、訳される予定がないものか、あるいは現在訳しているところなのかははっきりわからなかったけれど、一般論として「これを訳してほしい!」という作品があれば、出版社の問い合わせ窓口にメールするなど、働きかけた方がいいとのことだった。あるいは、ツイッターなどのSNSで発信するとか。最近は出版社もツイッターなどで読者の声を拾うようにしているらしい。 


 ここ最近、海外文学を盛りあげようと、この「はじめての海外文学」や、翻訳ミステリー大賞、日本翻訳大賞といった動きがある。「盛りあげる」目的のひとつは、やはり「売りたい」ということだと思う。当然ながら、売れなければ、採算がとれなければ、商売として成り立たず、続けていくことができないからだ。

 けれども、こうやって好きな作品について語りあい、まだ読んでいない小説の話に耳を傾けるこんな場においては、売上や採算や儲けより、本への愛情や情熱が先に立ってしまう。
 
 商売として考えると、それがいいことなのかどうかは何とも言えず、「お金がすべてじゃない」なんて言葉はきれいごとのように聞こえるのも事実だけれど、それでもやはり、お金より愛情、情熱だなとあらためて感じる場でありました。