マット・ヘイグ『今日から地球人』
はるかかなたの遠い宇宙の星から、地球に派遣された高度な知的生命体である「わたし」は、数学のある真理を知ってしまった学者の身体を乗っ取り、その関係者すべてを抹殺するという使命を荷っていた――
のはずなのだが、実際にまず「わたし」がしたことといえば、服を着るということを知らずに、裸でうろうろとほっつき歩いて、警察に逮捕されて近所の笑いものになり、ティーンネイジャーの子供が学校に行けなくなってしまったという始末。
ということからわかるように、おとぼけ要素のかなり強いSFミステリー(ミステリーと言っていいのかな?と思うが、エドガー賞(アメリカ探偵作家クラブ賞)の最終候補作に選ばれたから、ミステリーのカテゴリに入っているらしい)で、そんなにSFに詳しくない私でもすらすらと読めた。
最初のあたりでは、カート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』のように、宇宙人と交流したと勝手に思いこんでいる話なのかと思ったけれど、一応ほんとうに宇宙人であるという文脈の物語だった。
で、案の定、先日行われたこの本の読書会では、それほど高度な知能を持っているくせに、やっていることがレベル低い(裸でうろうろするのをはじめ、よく知らない女にのこのことついて行ったり)とか、もとの星から援軍が大量にあらわれるかと思いきや、とってつけたようにひとり来ただけだったとか、設定の甘さにどんどんツッコミが入っていた。
けれど、宇宙人の視点を通じて、シニカルではあるけれど、愛を失わなず、希望を諦めずに人間を語るところが、たしかにヴォネガットと共通するものを感じた。あと、軽妙な語り口は、同じイギリスのニック・ホーンビィも思い出した。ニック・ホーンビィの本は、大人になりきれない人たちばかりが出てくるけど、この本は地球人ですらない人(?)の話ですが。
読書会では、宇宙人から見たユーモアと諷刺が、星新一を思い出したという意見もあり、『ボッコちゃん』昔読んだなーと懐かしい気分になった。
この本では、エミリー・ディキンソンの詩やトーキング・ヘッズなどの音楽も大量に引用されているので、そこから元ネタにさかのぼるのも面白そう。犬と数学が好きな人も楽しめるのではないでしょうか。
あとがきによると、作者がパニック症候群にかかっていたときに、この話を書きはじめたとのことで、「自分自身のためか、でなければ同じような状態にある誰かのために書こうと思っていた」らしく、これを書くことで癒された(というと、陳腐な言い方ですが)というのは納得できます。作者はふだん、ヤングアダルトを多く手がけているようで、そちらもぜひ読んでみたくなった。
あと、この本は映画化も予定されていて、この作者が脚本も手がけるとのこと。しかし、映画の冒頭から、ぼかしが入るのだろうか…