都甲幸治『21世紀の世界文学30冊を読む』
ジュノ・ディアスなどの翻訳で有名な都甲幸治さんによる、雑誌の連載をまとめた書評集。
今日本には、ものすごく息苦しい、希望の見えない社会の中で、それでも自分が存在する価値を見出したい、何か面白いことをやらかしたいと思って、イライラしているやつがたくさんいると思う。僕はそういう人たちに、ほら、地球の裏側でも君に似た人がいて、何かをやり始めているんだよ、ということを伝え続けたい。
『偽アメリカ文学の誕生』を読んだときにも思ったけれど、都甲さんの本は、前書きや後書きに綴られる、文学にたいするまっすぐな熱い言葉にいつも心をうたれる。
ポール・オースターにフィリップ・ロス、トマス・ピンチョンといった、この連載で取り上げる以前からじゅうぶん有名な人気作家から、ジュノ・ディアス、ミランダ・ジュライ、ジュディ・バドニッツなど、この連載で紹介したこともおそらくはひとつのきっかけとなって、ここ数年注目を集めている作家、そして、いまだ日本ではまとまって訳されていない作家まで、幅広く取り上げている。
とくに興味をひかれた本のひとつは、『すばらしい墜落』で、中国人である作者のハ・ジンは、文化大革命のあおりを受け、学生時代は勉強するかわりに人民解放軍に入り、二十歳になってから英語を習いはじめたとのことで、いったいどういう英語で書かれているのか、原文を読んでみたいと思った。文章だけではなく、中国を離れ、けれどもアメリカにも同化できない世代の葛藤を描いた内容も興味深い。
同じように、カレン・テイ・ヤマシタは、名前からわかるように日系アメリカ人で、日系コミュニティの研究でブラジルを訪れて、その日本ともアメリカとも違うさまに衝撃を受け、「日本とアメリカの対比にブラジルという第三項を導入する」手法で、『熱帯雨林の彼方へ』『サークルKサイクルズ』(もちろんあのサークルK)という小説を書いているらしく、こちらもすごく面白そう。
あと、ナイジェリア出身のチママンダ・ンゴズィ・アディーチェも紹介されている。私も、ちょうど先日短編集の『アメリカにいる、きみ』を読み、ナイジェリアとアメリカを対比しつつ、どちらを美化することもなく、それぞれの現実を描ききる手腕に感心したところだったので、この本でも「この人本当に天才なんだなあ」と書かれていることに納得した。
こう書くと、反アメリカ・反グローバル主義を掲げたPC本のようですが、まったくそんなことはなく、最初にあげたようなアメリカの作家が一番多く取り上げられていて、そのなかでもジョナサン・リーセムやマイリー・メロイは、この本ではじめて名前を知り、読んでみたくなった。
ジョナサン・リーセムのデビュー作『銃、ときどき音楽』は、「チャンドラーとディックを足して二で割ったような」ハードボイルドSFで、探偵がカンガルーのマフィア(?)と戦ったりするくだらなくて面白い作品とのこと。浅倉久志・訳なのだから、きっと面白いはず。
逆に、マイリー・メロイは地元であるモンタナなどの田舎を舞台に、口下手で不器用な人たちの淡い恋や日常生活をテーマにして、「アメリカの普通の人の心」を描いているらしく、こういう本も定期的に読みたくなります。
そう、「理屈はもういい。この読むことの歓びに満ちた世界へようこそ!」という言葉がすべてですね。