快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

『破壊者』 ミネット・ウォルターズ

 

破壊者 (創元推理文庫)

破壊者 (創元推理文庫)

 

  ウォルターズの旧作の中で、唯一未読だったこちらも読みました。

 前にも書いたように、ウォルターズの作品はいつも陰惨な話ですが、この本も例にもれず、主なテーマはレイプ。プロローグで『レイピストの心』という本からの抜粋というかたちで、

レイピストの多くは、自分より弱い存在と見なした相手を襲うことによって、低い自己イメージを高めようとする未熟な人間である。……レイピストを危険な略奪者として神話化するたびに、ペニスは力の象徴であるという考えをいっそう強固にしているだけである…

とあり、一番と言ってもいいくらい好きな作家、松浦理英子が『嘲笑せよ、強姦者は女を侮辱できない』というタイトルで書いていた「レイプくらいで女はへこたれない」という言説を思い出した。もちろん、この発言は、レイプなんてたいしたことない、と男を免罪しているわけでは全くなく、上記のように「ペニスは力の象徴」「レイプは女性にとって最大の侮辱」という考えを批判するためになされたものなのだが、なかなか理解されず、多くの反発もかったようだった。

 で、本編としては、解説で杉江松恋さんが「ウォルターズの著作中では伝統的な謎解き要素が強い」と書いているように、かなりシンプルな筋立てで、登場人物も少なく、被害者をレイプして殺した犯人は誰か、ということに最初から最後まで焦点が絞られている。そして、ミステリーの公式に照らして考えると、ある意味、本当に意外な人間が真犯人なのだけど、さすがにちょっと物語上での人物像がずれてくる気もした。
 ウォルターズの作品は、解説でも書かれているように、人物の<揺らぎ>がテーマのひとつで、この作品でも被害者の女性の描き方――美人だが頭も性格も悪くて男にだらしない、と死者に鞭打つように評され、それは事実ではあるが、また別の見方も浮かんでくる――は成功していると思うが、犯人像については、最後まで読んでも、なんだかもやっとした感じになった。でも、彼女の作品の中では読みやすいので、最初に読んでみるにはいいかもしれません。

 さて、ウォルターズは、今月29日に新刊『悪魔の羽』が出るので楽しみです。『病める狐』と『遮断地区』と同じように、”Disordered Minds” と後先になったようです。今度は長編なので、来年の翻訳ミステリー大賞の本命になるでしょう。

 ちなみに、”Disordered Minds” は少し前に読んだのですが、当然のごとく(?)レイプが出てきたり、しかも9/11後の情勢も反映していて、相変わらずのウォルターズ節だったのですが、ちょっと謎解きの要素がこみいり過ぎていて、しかも収拾がつかなくなったからか、途中から謎解き要員みたいな人も出てきて、少し微妙な感じだったのですが、まあこれもそのうち翻訳されるでしょうから(今まで全作品翻訳されているので……出版界の現状を考えるとすごいことですね)、また読み直してみたいと思います。