快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

馬と悪女と去勢ーー『悪女は自殺しない』 ネレ・ノイハウス 酒寄進一訳

 またまた別の話題からはじめますが、なんと、前にここで書いた『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』が、妻夫木聡水原希子で映画化されるとのこと。

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 監督はなんとというか、やはりというか、大根仁さん。ほかのキャストも、新井浩文安藤サクラ、そしてリリー・フランキー松尾スズキ、と感心するくらいの(そっち方面での)オールスターぶり。『モテキ』『バクマン』、そして電気グルーヴのドキュメンタリーに続いて、映画館に駆けつける自分が目に浮かぶ。
 しかし、原作もじゅうぶんおもしろかったけど、原作をそのまま撮るだけではやはり物足りないので、またなんらかの大根マジックが発揮されるのでしょう。とりあえず来年まで生きてよう。


 で、前に読んだ『深い疵』がおもしろかったので、オリヴァーとピアの刑事コンビの第一作『悪女は自殺しない』も読んでみました。
 解説によると、作者のネレ・ノイハウスは、ソーセージ工場で働くかたわら(いかにもドイツらしい職場だ)、自費出版でミステリーを発表しはじめ、この作品も最初は自費出版で発表し、自分のソーセージ店のみならず、近所の肉屋の配送係に頼んで近隣の書店に作品を置いてもらったとのこと。中内功ばりに自らの手で流通革命まで起こしている。人生なんでもやってみるもんですね。置いてもらった書店で『ハリー・ポッター』をしのぐ人気となり、老舗出版社から本が刊行されることになり、いまやドイツを代表するミステリー作家となった。 

悪女は自殺しない (創元推理文庫)

悪女は自殺しない (創元推理文庫)

 

  エリート法医学者である夫と別居して、刑事の仕事に復職したピアを待ち受けていたものは、結婚生活で見失いつつあったほんとうの自分と、新しい上司のオリヴァーと、自殺死体が二体であった。
 そのうちの一人は、男をたちまち魅了する魔性の美女であり、おそらく痴情のもつれで殺され、自殺に偽装されたのだろうと推理するが、捜査を進めるうちに、一筋縄ではいかない彼女、イザベルの素性があきらかになっていく……


 それにしても、『深い疵』のときも思ったが、この第一作から、とにかくこいつ(オリヴァー)女に弱すぎ、と思えて仕方がない。貴族の末裔だかなんだか知らんけど。ただ、念のために言うと、ピアとオリヴァーの関係にはまったく恋愛は介在しない。(この二冊を読む限りでは)映画『マッドマックス』のように、男女であっても色恋抜きの純粋なバディものであるところが、読んでいて気持ちがいい。また、『深い疵』では、いったいどっからそんな情報仕入れてるんだ?と思ったピアの異常な情報網も、ここではまだ発揮されていない。


 殺されたイザベルは、夫と子供がありながら、行くところ行くところで男を誘惑し、女を嫉妬で燃えあがらせる。最近の”オタサーの姫”なんてくらべものにならない、超一流のサークル・クラッシャーだ。参加していた乗馬クラブの人間関係も崩壊し、夫の心を奪われた妻が、不自然な整形を重ねているところが、『ヘルタースケルター』の貴男の婚約者のようでおそろしかった。

 一見、単純な怨恨で殺されたかと思われる被害者の背後に、大きな事件が隠されているというのは、『深い疵』と同じだが、事件のスケール、関わる個々人の心情の描写については、やはり『深い疵』の方が読みごたえがあった。しかし、この第一作でも、「暴力」から目をそらさず描いているところが印象深かった。妻に暴力をふるう夫、そしてその夫の運命。陰惨だが、にやりとしてしまった。

 また、殺されたイザベルもたしかに「悪女」だが、周囲の人間たちの卑小さもしっかり書きこまれていて、退屈することなく一気に読めた。あと、この「悪女」の内面をもうほんのちょっと描くか(こういうキャラの心情を仔細に説明すると、興覚めなのですが)、ここまでまぎれもない「悪女」ではなく、善か悪かアンビバレントな要素をあと少し入れたら(有吉佐和子の『悪女について』のように)、また違うおもしろさが出たのかもしれない、という気もしました。