毒親に苦しむ子どもたちへ 『Everything I Never Told You』 Celeste Ng(セレスト・イン)
少し前、"Fire and Furyをはやく読まないと" といった書きこみをツイッターでいくつか見つけ、「いま人気の小説かな?」と思ってしまったりと、洋書情報からあっという間に乗り遅れてしまうのですが、今年こそは洋書もたくさん紹介したいものです。
(しかも去年は、調べもので"Sapiens"という本の訳書を図書館で借りようとしたら、予約が200件以上あり、なんでこんなに人気なんだろう?? と首をひねっていたら、少し経って、本屋で「2017年最大のノンフィクション話題作」と『サピエンス全史』が並んでいるのを見て、はじめてベストセラーだと知っておどろいたこともあった……)
で、最新作『LITTLE FIRES EVERYWHERE』もベストセラーになっている、Celeste Ng(セレスト・イン)の『Everything I Never Told You』を年末年始に読みました。
Lydia is dead. But they don't know this yet. 1977, May 3, six thirty in the morning,
と、1977年のアメリカのオハイオ州の小さな町を舞台に、16歳のLydiaが湖から死体で発見されるところからはじまる。
父親のJames、母親のMarylin、そして兄のNathanが、Lydiaの死の真相を究明しようとする物語だ。といっても、ミステリーというより、家族ドラマの色が濃い。思春期の娘が行方不明になるということ自体はとくに珍しいことではないと警察は言うが、Jamesが中国系であるため、この一家は町で唯一のアジア系住人として、どこにいても人目をひいていたのだ。
となると、Lydiaは人種差別で苦しんでいたのかと想像できるが、実はそれだけではない。Lydiaが一番苦しんでいたのは、母親のMarylinから「自分のようになるな」というプレッシャーを常に与えられていたことだった。
白人の娘として育ったMarylinは、医者になることを夢見ていたが、だれからも理解してもらえなかった。
Marylinの母親は、夫(Marylinの父親)に捨てられても、「女は良妻賢母であるべし」という信念は捨てなかった。女は家庭に入るべきという母の望みとは裏腹に、Marylinはひたすら学業に邁進するが、理系を専攻すると、「女の子がどうして?」と周囲からも怪訝に思われる。
有名大学に進み、そこで教授をしていたJamesと出会い、愛しあうようになる。そして在学中に妊娠し、結局学業を断念して家庭に入る。母親の望みどおり家庭に入ったものの、当時は州によっては異人種間の結婚がまだ禁止されていた。
Marylinの結婚式で、母親は "It's not right" をくり返し言う。母親と会ったのはそれが最後だった。
しかし、Marylinは医者になる夢を捨てることはできなかった。Nathan、Lydiaを産んだあと、母親が遺した料理本を手にしたMarylinは、自分の人生が閉ざされる絶望を感じる。自分の人生を取り戻すため、家を飛び出し、もう一度学校に入ろうとする。
が、ここで三人目の妊娠が発覚し、結局学業を諦めて家庭に戻り、Hannahを産む。そして自分の夢を、自分に一番よく似た娘のLydiaに叶えてもらおうと、ひたすらLydiaの教育にうちこむようになる……
まあ、それがおそろしいのである。宿題やテストの成績をいちいちチェックするのはは当たり前で、クリスマスなどにプレゼントするものも、『図解 人体の解剖』とか『Famous Women of Science』といった本ばかり。プレゼントというより攻撃だ。
しかし、LydiaはMarylinが家出したときの不安を強く覚えているので、また見捨てられるのではないかと逆らうことができない……
で、父親のJamesの方はどうだったのかというと、こっちはこっちでまた恐ろしい。
Jamesは貧しい中国系移民の子どもとして育ち、幼いころから周囲に溶けこむことができなかった。そしてJamesも、白人に近い見た目のLydiaを一番可愛がり、やはり自分が果たせなかったこと――学校に溶けこんで人気者になること――を託すようになる。
(ちなみに、幼いころから自分によく似た不器用さ、周囲とのなじめなさを発揮していたNathanにはやたら冷たくあたる)
ほんと地獄やな、とつくづく感じた。母親からは勉強して医者になるよう言われ、父親からは「リア充」になるようにと圧をかけられるなんて。
Lydiaがいくら白人に近くても、アジア系であるため見た目だけでも周囲から浮いている。そのうえ勉強のプレッシャーもあるので、学校に友達なんていない。
けれど、Jamesが目を光らせているので、友達と電話するふりすらしないといけない。どこにもつながっていない電話をただ持つのだ。
これだけでも、死にたくなるのはわかるような気がするが、Lydiaが死に至るまでの経緯は、ここからまたひとひねりがあって、なかなか盛りだくさんの小説だった。
ネタバレになるかもしれないけれど、最後は「家族の再生」という前向きな物語になるのだが……正直な感想としては、この両親あれだけ散々Lydiaを苦しめといて、立ち直りめっちゃはやいな!と思った。
いや、私が親ではないから思うのかもしれないが、ほとんどの親は自分のことしか考えていないのだから、そんなに親の言うことを真面目に聞かなくていいと、世間の子どもたちに言ってあげたい。
Lydiaの感じる「見捨てられ不安」については、最近読んだ『自分を好きになろう』でも、作者が不仲な両親のもとに育って、大人になってからも「見捨てられ不安」に悩まされたことが書かれていた。
自分を好きになろう うつな私をごきげんに変えた7つのスイッチ
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今まで自分を助けれてくれた、自分の性格や資質は、不仲な親が与えてくれたことに気がつきました。授けられたものを未来の幸せにつながることのために使うか、過去のできごとを悔やむ材料に使うか、決めるのは自分です。自分で決めていいなんて、人生はなんて自由なんだろう。
Lydiaも生きのびることができたら、この境地に達することができたのかもしれないのに。
ちなみに、この小説の重要なアイテムとなる「料理本」について、作者のCeleste Ngが下記でエッセイを綴っている。
What Did My Mother the Chemist See in Betty Crocker? - The New York Times
作者の母親は料理本を持っていたものの、中国から移り住んだ研究者であったため常に忙しく、料理本に書かれている良妻賢母の教えについて違和感がなかったのか、作者が尋ねても
“But I just thought: I’m not a housewife. I’ve never been a housewife. So. . . . "
と、あっさりスルーするタイプの女性だったらしく、立派な研究者として大成功したとのことです。
まあとにかく、親であろうとなかろうと、だれでも自分の人生を生きなければいけないなとつくづく感じ、子どもに自分の夢を託したりするのは法律で禁止した方がいいとすら思いました。