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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

『生き延びるための世界文学』(都甲幸治)、そしてトークイベントに行って

 さて、先日の日曜は、東京国際文芸フェスティバルのイベントの一環でamu KYOTOで行われた都甲幸治さんと江南亜美子さんのトークイベントに参加してきました。

 

  今回のお話もまたどこかに収録されるかもしれないので、どこまで詳細を書いていいのかわからないのですが、簡単にいくつかメモしておきます。

 

・何年か前の文芸フェスでは、ジュノ・ディアスを招いて『失恋入門セッション』を行ったとのこと。「失恋なんてだれも入門したくないよね」と都甲さんはおっしゃっていたが、考えたら、ものすごく有用な講座のような気もする。失恋をこじらせない方法、自己否定に陥らず、ダメージを最小限に食い止める方法、早く立ち直って次に進む方法などをレクチャーしてくれるなら、いわゆる恋愛テクニックの何倍も役に立つのではないだろうか。
 でもジュノ・ディアスの小説から考えると、逆にどんどんこじらせて人生を踏み外すレクチャーになりそうな気もする。

 

・文芸編集者として有名なジョン・フリーマンの基本方針は、なによりまず「作者に直接会うこと」らしい。いろいろな話を直でじっくり聞くことがとにかく大事と語っていたとのこと。というのも、作者が「次はこういうことをしたい」と口で言っていることは、往々にして心の奥底で願っていることではないので、直接話すことで、ほんとうに次にやりたいと考えていることを引き出していくのが肝心とのことだった。
 そして、都甲さんが学生と接するときも同じように、学生が心の底で考えていること、ほんとうにやりたいと思っていることを見つけてあげるようにしているとのことだった。

 

・江南さんは文芸フェスでスティーヴ・エリクソンにインタビューしたとき、通訳が柴田元幸さんで非常にプレッシャーだったとか。たしかに、下手なこと聞けんなって気はしますね。
 ちなみに、江南さんはオルハン・パムクの『無垢の博物館』を好きな小説にあげていて、私も好きなので共感した。いや、都甲さんもちらっと言ってましたが、簡単に言うとキモいストーカーみたいな狂った話なんですが、その狂いっぷりに圧倒されてしまうのです。

 

・あと、「日本文学は世界文学たり得るか?」という参加者からの質問もあり、「世界文学」についての話もされていて、たいへん興味深かった。いま日本発信の「世界文学」というと村上春樹の独壇場のようなイメージがあるが、町田康の作品もヨーロッパで訳されて読者を獲得しているとのことでおどろいた。しかし、町田康の作品なんて訳せるの??そのおもしろさが伝わるのか?と、どうしても疑問を感じてしまうが、考えたら、英語圏の人も、ジョイスなんて訳せるのか?って思っているのかもしれない。ちなみに、東京では都甲さんと町田康が『吾輩は猫である』を読むというイベントがもうすぐあるらしく、めちゃめちゃおもしろそうですね。

 

・で、世界文学とはなんぞやと考えると、「複数の言語のぶつかり合い」ではないかとのことだった。そして、都甲さんが「いまおもしろい小説」は『東海道中膝栗毛』とのことでした。

 

・書評の仕事については、最初は「翻訳者マインド」で書いていたが、最近は「教育者マインド」で書いているとのこと。
 「翻訳者マインド」とは、作者の言葉を受け入れるために、自分を空っぽにして真っ白の状態にすることで、最近はそこから発展して、学生をはじめとするいろんな人とシェアして、お互いに心の奥の深いところまでさらけ出して成長することを目指す「教育者マインド」が強くなったらしい。教育、翻訳、こういうイベントなどすべてを通じて「気付きの場」を多く提供していきたいと語られていた。ご自分でも、「いい話してしまったな」と言われてましたが、掛け値なしのいい話でした。

 

 このイベントに参加するにあたり、読んでいった本のひとつ『生き延びるための世界文学』の「はじめに」に書かれてあったこれらの言葉が、生でお話を伺っていっそう深く感じることができたように思う。 

生き延びるための世界文学: 21世紀の24冊

生き延びるための世界文学: 21世紀の24冊

 

 

 文学は、見ず知らずの人々の心の中にまで降りていくための強力なツールだ。見た目も言語も、背景となる歴史も違う人々の心の中にさえ、僕たちは物語を通じて入って行ける。そして、同時代を生きる世界の人々が、自分たちと同じ問題に苦しんでいることに気づく。

(略)いったい何を頼りに生きていけばいいのか。(略)どうして自分はさえない日々を繰り返しているだけなのか。そしてなぜ、もっとも身近な人とさえなかなか分かり合えないのか。

 

そうした文学と語り合うことで、僕たちは自分たちで納得できる生を、不器用ながらも少しずつ摑んでいくことができるのではないだろうか。

 

 ちなみに、この本の紹介文のなかでは、クッツェーやトニ・モリソンの小説はもちろん読まないとと思ったが、台湾系アメリカ人作家のタオ・リンベトナム系アメリカ人作家のリン・ディンに心ひかれた。
 タオ・リンは『イー・イー・イー』が気になっていつつも、まだ読んでいない。リン・ディンは『血液と石鹸』がすごくおもしろかった記憶がある。(読んだの結構前なので、おぼろげですが)

 それにしても、こういう説得力のあるブックガイドを読むと、もっともっと本が読みたくてたまらなくなり、会社行ってるヒマないなーとあらためて思えて仕方がないですね。。