快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

入管をめぐる問題をやさしい語り口で描くことに成功した小説――中島京子『やさしい猫』

先月の書評講座の課題は、中島京子『やさしい猫』でした。 やさしい猫 作者:中島京子 中央公論新社 Amazon ここ数年、社会問題となっている入管制度を取りあげた小説です。スリランカ国籍のウィシュマさんが名古屋の入管で亡くなった事件も、記憶に新しいの…

5/29 大阪翻訳ミステリー読書会(オンライン開催・課題書『死の接吻』)& 6/12 『長い別れ』トークイベント(YouTube配信)のお知らせ

さて、翻訳ミステリーシンジケートのサイト、および翻訳ミステリー読者賞のサイトでも告知していますが、5月29日にアイラ・レヴィン『死の接吻』(中田耕治訳)を課題書として、大阪翻訳ミステリー読書会をオンラインで開催いたします。 hm-dokushokai.ameba…

2021年翻訳ミステリー読者賞、および『ヒロシマ・ボーイ』(平原直美 芹澤恵訳)の紹介のつづき

さて前回、翻訳ミステリー読者賞の発表会を告知しましたが、無事終了いたしました。ホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』(服部京子訳 創元推理文庫)が2021年の翻訳ミステリー読者賞に輝きました!!!こちらのサイトに、2021年度のランキングを…

2021年度翻訳ミステリー読者賞 結果発表イベント YouTube生配信のお知らせ(4/16(土)21時~)

さて、私は翻訳ミステリー大阪読書会の世話人をしているのですが、2021年度翻訳ミステリー読者賞の発表イベントが開催されます。 ◎2022年4月16日(土)21時~ YouTubeから生配信(1時間半程度)こちらのリンクです:https://youtu.be/4jPrbG6909A 全国各地の…

女性兵士とフェミニズムの困難な関係 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』(三浦みどり訳)

この不穏な状況を予期したように、先月の書評講座(1000字)の課題書は、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』(三浦みどり訳)でした。 戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫) 作者:スヴェトラーナ アレクシエーヴィチ 岩波書…

動物とは結びつくことができるのに、人間を愛することは難しい駄目な人間たち――R. L. Maize『Other People's Pets』

猫や犬たちが感じている痛みや苦しみが自分にも伝わったらいいのに――猫や犬などの動物とともに暮らしている人なら、誰でもそう願ったことがあるのではないでしょうか?動物はとても我慢強く、「痛い」や「苦しい」となかなか言わないので、人間が気づいたと…

トンネルでつながる孤独な人間たち『モンスターズ: 現代アメリカ傑作短篇集』(B・J・ホラーズ編 古屋美登里訳) 『地球の中心までトンネルを掘る』(ケヴィン・ウィルソン 芹澤恵訳)

前回は翻訳アンソロジー『楽しい夜』(岸本佐知子編訳)から、アリッサ・ナッティングのショートショート「アリの巣」「亡骸スモーカー」などを紹介しました。モンスターをテーマにした短編が16編収められた『モンスターズ: 現代アメリカ傑作短篇集』(古屋…

アンソロジーにこそ、翻訳小説を読む愉しみがある(かもしれない)――『恋しくて』(村上春樹編訳)『楽しい夜』(岸本佐知子編訳)

先月、ローレンス・ブロック『短編回廊』(田口俊樹他訳)で読書会を行いました。翻訳ミステリー大賞シンジケートのサイトにレポートがアップされています。 honyakumystery.jp そこで、ここでは読書会レポートでは書ききれなかった、『恋しくて』(村上春樹…

真の「敵」とはなんだったのか? 戦争を描く難しさ――『同志少女よ、敵を撃て』(逢坂冬馬)

今月の書評講座の課題書は、直木賞候補にもなった話題作、『同志少女よ、敵を撃て』でした。 同志少女よ、敵を撃て 作者:逢坂 冬馬 早川書房 Amazon 激化する独ソ戦を舞台としたこの物語は、主人公セラフィマの村に突然ドイツ兵があらわれる場面からはじまる…

お金と「私だけの部屋」への困難な道のり――『母の遺産:新聞小説』(水村美苗)

先月の書評講座の課題書は、水村美苗『母の遺産:新聞小説』でした。 母の遺産 新聞小説(上) (中公文庫) 作者:水村美苗 中央公論新社 Amazon ママ、いったいいつになったら死んでくれるの? と、ドキっとする言葉がコピーとなっているこの小説では、亡くな…

2022年を生きのびるための1冊――『これは水です』(デヴィッド・フォスター・ウォレス 阿部重夫訳)

2022年になりました。あけましておめでとうございます。正月といっても、ふだんと何も変わりはしないけれど……と思いつつ、去年から積読していた、デヴィッド・フォスター・ウォレス『これは水です』をふと手に取ったところ、年末年始でぼんやりしていた目が…

戦後日本の空虚を描き、全米図書賞を受賞した話題作――柳美里『JR上野駅公園口』

先月の書評講座の課題書は、柳美里『JR上野駅公園口』でした。 JR上野駅公園口 (河出文庫) 作者:柳美里 河出書房新社 Amazon 全米図書賞を受賞した話題作です。私の提出した書評は以下のとおりです。 (ここから)---------------------------------------…

共訳書『算数の実験大図鑑』、『シブヤで目覚めて』感想、次回の大阪翻訳ミステリー読書会についてのお知らせ

先月、はじめての共訳書『算数の実験大図鑑』が新星出版社より出版されました。 折り紙や輪ゴム、アイスの棒といった身近な物を使って、楽しく実験しながら、足し算引き算からフィボナッチ数列まで学べる一冊です。ひとつひとつの工程がていねいに説明されて…

互いをじわじわと殺し合い、それでも離れられない家族――ドメニコ・スタルノーネ『靴ひも』(関口英子訳)

もしも忘れているのなら、思い出させてあげましょう。私はあなたの妻です。わかっています。かつてのあなたはそのことに喜びを見出していたはずなのに、いまになってとつぜん煩わしくなったのですね。 という不穏な言葉で、ドメニコ・スタルノーネ『靴ひも』…

「耳をすます」ことで生まれた奇跡――藤本和子『塩を食う女たち』『ブルースだってただの唄』

800字書評講座の今月の課題書は、『塩を食う女たち』でした。 塩を食う女たち――聞書・北米の黒人女性 (岩波現代文庫) 作者:藤本 和子 岩波書店 Amazon 1982年に出版されたこの本には、リチャード・ブローティガンなどの翻訳で知られる藤本和子が、黒人女性ひ…

160年前の「女のいない男たち」~ツルゲーネフ『はつ恋』(神西清訳)と『ドライブ・マイ・カー』(村上春樹原作・濱口竜介監督)

さて、今回の書評講座の課題本は、ツルゲーネフ「はつ恋」でした。(青空文庫でもあります) はつ恋(新潮文庫) 作者:ツルゲーネフ 新潮社 Amazon 言わずと知れた文豪ツルゲーネフによる名作。といっても、案の定、読むのは今回がはじめて。きっとタイトル…

たとえ「正しくない人」であっても糾弾せず、排除しない――『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ)

さて、今回の800字書評講座の課題は、ベストセラーとなって世間を席巻した、ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』だった。 ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー(新潮文庫) 作者:ブレイディみかこ 新潮社 Amazon これも…

あなたの選ばなかった人生は? マット・ヘイグ『Midnight Library』

マット・ヘイグの『Midnight Library』を読みました。発売されてから一年近く経っているのに、いまもなお、The New York Times誌のベストセラーに入り続ける人気作です。 The Midnight Library: The No.1 Sunday Times bestseller and worldwide phenomenon …

懐かしのクジラのノルウェー風 日本の給食史を総括した『給食の歴史』(藤原 辰史著)

給食というと、何を思い出すでしょうか? 年配の人ならば、悪評高い脱脂粉乳がまっさきに頭に浮かぶかもしれません。若い人ならば、郷土色豊かなごはん食かもしれません。給食の時間が楽しみだった人、あるいは苦手だった人、どちらにせよ、給食は個人的な思…

歴史小説/時代小説の難しさ パンデミックに襲われた奈良の都を描いた『火定』(澤田瞳子)

間が空いてしまいましたが、先月は人生初の入院&手術を受ける羽目になりました。その顛末は、こちらの note.com に書いてあります。 さて、800字書評の先月の課題書は、澤田瞳子『火定』でした。 奈良の都に天然痘が広がるさまを描いたパンデミック小説です…

地球も、私たちも、資本主義に略奪されている――斎藤幸平『人新生の資本主義』

さて、今回の800字書評の課題は、斎藤幸平『人新生の資本主義』だった。 2020年に発売されたこの本は、6万部を超えるベストセラーとなり、新書大賞も受賞したのでご存じの方も多いと思う。 人新世の「資本論」 (集英社新書) 作者:斎藤幸平 集英社 Amazon し…

人間は差別心を手放すことができるのだろうか? 1964年に人種差別を描いた、有吉佐和子『非色』

有吉佐和子『非色』を読みました。 非色 (河出文庫) 作者:有吉佐和子 発売日: 2021/02/19 メディア: Kindle版 1964年に発表されたこの小説は、黒人差別を扱っていることが問題視され、絶版になっていたらしい。しかし、Black lives matter運動の盛りあがりに…

三十年経ったいま、不思議な軽やかさを持ったフェミニズム小説として読めた『後宮小説』(酒見賢一)

先月の800字書評の課題本は、酒見賢一『後宮小説』でした。 後宮小説(新潮文庫) 作者:酒見 賢一 発売日: 2014/08/01 メディア: Kindle版 『後宮小説』は、1989年に日本ファンタジーノベル大賞第一回受賞作品に選ばれて大きな話題となり、のちに『雲のよう…

人生に勝者や敗者なんて存在するのか? デイヴィッド・ベニオフ『25時』~『99999』(田口俊樹訳)

デイヴィッド・ベニオフの短編集『99999』(ナインズ)を読みました。 デイヴィッド・ベニオフは、第二次世界大戦時のロシアで生きのびようとする青年たちを描いた『卵をめぐる祖父の戦争』で高く評価され、さらに小説のみならず、『ゲーム・オブ・スロ…

「人種」というありもしないもので選別される命 梁英聖『レイシズムとは何か』

さて、800字書評講座の今月の課題書は、梁英聖『レイシズムとは何か』でした。 レイシズムとは何か (ちくま新書) 作者:梁英聖 発売日: 2020/11/20 メディア: Kindle版 『レイシズムとは何か』では、まず冒頭の章で「レイシズム」の歴史を振り返り、近代以前…

国際女性デーに 女性の連帯から何かがはじまる――『99%のためのフェミニズム宣言』(ナンシー・フレイザーほか(著), 菊地夏野(解説), 惠愛由 (翻訳))

前回に続き、800字書評(正確には、批評講座だけど)ですが、今回のお題は本ではなく、森喜朗氏の例の発言について評論するというものでした。 正直なところ、例の発言とそれをめぐる報道については、「またこの人か……」と思った程度で、それほど注目してな…

【800字書評に挑戦】「健康」な恋愛への「不健康」なためらい――尾崎翠「第七官界彷徨」

さて、先日とある講座を受けたところ、800字の書評を書くという課題を出されました。 800字というと、400字詰め原稿用紙2枚。短いので、なんとかなるかな……と思いきや、短い字数であらすじをまとめ、さらに考察も入れるとはなんとも難しいとつくづく感じた…

なぜ村上春樹はこの作品を訳したのか? ジョン・グリシャム『「グレート・ギャツビー」を追え』(村上春樹訳)

彼が注意深く箱を開けると、図書館が入れた目録ページがあり、そこには「F・スコット・フィッツジェラルド著『美しく呪われしもの』オリジナル原稿直筆」と書かれていた。 「やったぜ」とデニーが静かに言った。彼は同じ形をしたボックスを二つ、五つ目の抽…

立派な実験動物として生きるために 『韓国フェミニズム作品集 ヒョンナムオッパへ』(チョ・ナムジュほか著 斎藤真理子訳)

『韓国フェミニズム作品集 ヒョンナムオッパへ』を読みました。 タイトルからもわかるように、「フェミニズム」をテーマに韓国の女性作家七人が書き下ろした短編集……というコピーから思い浮かぶ枠をはるかに超えて、リアリズム小説からノワールやSFまで多…

2020年心に残った本(『ボッティチェリ 疫病の時代の寓話』『ワイルドサイドをほっつき歩け』『ディスタンクシオン』)

先日、翻訳ミステリー読書会のスピンオフとして雑談会を開き、「今年心に残った本」について語り合いました。いつものように思いつきでテーマを発表してから、なんやろ~と考えてみたのですが、案外迷うことなくすんなりと下の3冊に決まりました。 1:バリ…