快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

翻訳本

2021年翻訳ミステリー読者賞、および『ヒロシマ・ボーイ』(平原直美 芹澤恵訳)の紹介のつづき

さて前回、翻訳ミステリー読者賞の発表会を告知しましたが、無事終了いたしました。ホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』(服部京子訳 創元推理文庫)が2021年の翻訳ミステリー読者賞に輝きました!!!こちらのサイトに、2021年度のランキングを…

2021年度翻訳ミステリー読者賞 結果発表イベント YouTube生配信のお知らせ(4/16(土)21時~)

さて、私は翻訳ミステリー大阪読書会の世話人をしているのですが、2021年度翻訳ミステリー読者賞の発表イベントが開催されます。 ◎2022年4月16日(土)21時~ YouTubeから生配信(1時間半程度)こちらのリンクです:https://youtu.be/4jPrbG6909A 全国各地の…

女性兵士とフェミニズムの困難な関係 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』(三浦みどり訳)

この不穏な状況を予期したように、先月の書評講座(1000字)の課題書は、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』(三浦みどり訳)でした。 戦争は女の顔をしていない (岩波現代文庫) 作者:スヴェトラーナ アレクシエーヴィチ 岩波書…

トンネルでつながる孤独な人間たち『モンスターズ: 現代アメリカ傑作短篇集』(B・J・ホラーズ編 古屋美登里訳) 『地球の中心までトンネルを掘る』(ケヴィン・ウィルソン 芹澤恵訳)

前回は翻訳アンソロジー『楽しい夜』(岸本佐知子編訳)から、アリッサ・ナッティングのショートショート「アリの巣」「亡骸スモーカー」などを紹介しました。モンスターをテーマにした短編が16編収められた『モンスターズ: 現代アメリカ傑作短篇集』(古屋…

アンソロジーにこそ、翻訳小説を読む愉しみがある(かもしれない)――『恋しくて』(村上春樹編訳)『楽しい夜』(岸本佐知子編訳)

先月、ローレンス・ブロック『短編回廊』(田口俊樹他訳)で読書会を行いました。翻訳ミステリー大賞シンジケートのサイトにレポートがアップされています。 honyakumystery.jp そこで、ここでは読書会レポートでは書ききれなかった、『恋しくて』(村上春樹…

2022年を生きのびるための1冊――『これは水です』(デヴィッド・フォスター・ウォレス 阿部重夫訳)

2022年になりました。あけましておめでとうございます。正月といっても、ふだんと何も変わりはしないけれど……と思いつつ、去年から積読していた、デヴィッド・フォスター・ウォレス『これは水です』をふと手に取ったところ、年末年始でぼんやりしていた目が…

共訳書『算数の実験大図鑑』、『シブヤで目覚めて』感想、次回の大阪翻訳ミステリー読書会についてのお知らせ

先月、はじめての共訳書『算数の実験大図鑑』が新星出版社より出版されました。 折り紙や輪ゴム、アイスの棒といった身近な物を使って、楽しく実験しながら、足し算引き算からフィボナッチ数列まで学べる一冊です。ひとつひとつの工程がていねいに説明されて…

互いをじわじわと殺し合い、それでも離れられない家族――ドメニコ・スタルノーネ『靴ひも』(関口英子訳)

もしも忘れているのなら、思い出させてあげましょう。私はあなたの妻です。わかっています。かつてのあなたはそのことに喜びを見出していたはずなのに、いまになってとつぜん煩わしくなったのですね。 という不穏な言葉で、ドメニコ・スタルノーネ『靴ひも』…

160年前の「女のいない男たち」~ツルゲーネフ『はつ恋』(神西清訳)と『ドライブ・マイ・カー』(村上春樹原作・濱口竜介監督)

さて、今回の書評講座の課題本は、ツルゲーネフ「はつ恋」でした。(青空文庫でもあります) はつ恋(新潮文庫) 作者:ツルゲーネフ 新潮社 Amazon 言わずと知れた文豪ツルゲーネフによる名作。といっても、案の定、読むのは今回がはじめて。きっとタイトル…

人生に勝者や敗者なんて存在するのか? デイヴィッド・ベニオフ『25時』~『99999』(田口俊樹訳)

デイヴィッド・ベニオフの短編集『99999』(ナインズ)を読みました。 デイヴィッド・ベニオフは、第二次世界大戦時のロシアで生きのびようとする青年たちを描いた『卵をめぐる祖父の戦争』で高く評価され、さらに小説のみならず、『ゲーム・オブ・スロ…

国際女性デーに 女性の連帯から何かがはじまる――『99%のためのフェミニズム宣言』(ナンシー・フレイザーほか(著), 菊地夏野(解説), 惠愛由 (翻訳))

前回に続き、800字書評(正確には、批評講座だけど)ですが、今回のお題は本ではなく、森喜朗氏の例の発言について評論するというものでした。 正直なところ、例の発言とそれをめぐる報道については、「またこの人か……」と思った程度で、それほど注目してな…

なぜ村上春樹はこの作品を訳したのか? ジョン・グリシャム『「グレート・ギャツビー」を追え』(村上春樹訳)

彼が注意深く箱を開けると、図書館が入れた目録ページがあり、そこには「F・スコット・フィッツジェラルド著『美しく呪われしもの』オリジナル原稿直筆」と書かれていた。 「やったぜ」とデニーが静かに言った。彼は同じ形をしたボックスを二つ、五つ目の抽…

立派な実験動物として生きるために 『韓国フェミニズム作品集 ヒョンナムオッパへ』(チョ・ナムジュほか著 斎藤真理子訳)

『韓国フェミニズム作品集 ヒョンナムオッパへ』を読みました。 タイトルからもわかるように、「フェミニズム」をテーマに韓国の女性作家七人が書き下ろした短編集……というコピーから思い浮かぶ枠をはるかに超えて、リアリズム小説からノワールやSFまで多…

2020年心に残った本(『ボッティチェリ 疫病の時代の寓話』『ワイルドサイドをほっつき歩け』『ディスタンクシオン』)

先日、翻訳ミステリー読書会のスピンオフとして雑談会を開き、「今年心に残った本」について語り合いました。いつものように思いつきでテーマを発表してから、なんやろ~と考えてみたのですが、案外迷うことなくすんなりと下の3冊に決まりました。 1:バリ…

移民の娘、そしてエリート女子として、「わたし」のこじれたアイデンティティ――ウェイク・ワン『ケミストリー』(小竹由美子訳)

ウェイク・ワン『ケミストリー』(小竹由美子訳)を読みました。 ケミストリー (新潮クレスト・ブックス) 作者:ワン,ウェイク 発売日: 2019/09/26 メディア: 単行本(ソフトカバー) 中国系アメリカ人として生まれた「わたし」は、両親の期待を背負って博士…

差別する側の「誤った決断や行動、事後の後悔」を描いた 『兄の名は、ジェシカ』(ジョン・ボイン著 原田勝訳)

ジョン・ボイン『兄の名は、ジェシカ』を読みました。 以前に紹介した二作『縞模様のパジャマの少年』『ヒトラーと暮らした少年』は、どちらもナチスドイツの支配下にあったヨーロッパを描いていたが、今作は現代のイギリスが舞台となっている。 兄の名は、…

孤独な独学から生み出された怪物の正体は? 『フランケンシュタイン』(メアリー・シェリー著 田内志文訳)※訳書多数あり

“フランケンシュタイン”をご存じでしょうか? と聞くと、知らないと答える人はほとんどいないだろう。しかし、『フランケンシュタイン』を実際に読んだことがある人は? と聞くと、その数は格段に減るのではないだろうか。そもそも、“フランケンシュタイン”…

完璧な書き出しではじまる完璧な心理サスペンス『ロウフィールド家の惨劇』(ルース・レンデル著 小尾 芙佐訳)

ユーニス・バーチマンがカヴァデイル一家を殺したのは、読み書きができなかったためである。 英国女性ミステリーの女王と呼ばれたルース・レンデルが1977年に発表した、『ロウフィールド家の惨劇』の冒頭である。 www.amazon.co.jp この小説の謎は、〈だれが…

ミネット・ウォルターズ『カメレオンの影』(成川裕子訳)オンライン読書会報告&心理サスペンスのブックガイド

さて、9月26日(土)に第1回オンライン読書会を開催しました。課題書は、今年の4月に出版された、ミネット・ウォルターズの新作『カメレオンの影』です。 カメレオンの影 (創元推理文庫) 作者:ミネット・ウォルターズ 発売日: 2020/04/10 メディア: Kindle版…

誰もが心に秘めている闇とは? ミネット・ウォルターズ『氷の家』(成川裕子訳)から『A Dreadful Murder』まで一

9月26日(土)の読書会(課題書『カメレオンの影』成川裕子訳)の予習のため、ミネット・ウォルターズのデビュー作『氷の家』と、2013年に発表された『A Dreadful Murder』(未訳)を再読しました。 氷の家 (創元推理文庫) 作者:ミネット ウォルターズ 発売…

壊れた世界を救うのはだれか? 『壊れた世界の者たちよ』(ドン・ウィンズロウ著 田口俊樹訳)

『壊れた世界の者たちよ』の読書会に参加しました。はじめてのオンライン読書会のうえに、訳者の田口俊樹さんや担当編集の方もご参加されたので、なんだか緊張しました。 壊れた世界の者たちよ (ハーパーBOOKS) 作者:ドン ウィンズロウ 発売日: 2020/07…

憎しみにうち勝つために 『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ』(アンジー・トーマス著 服部理佳訳)

カリルの体は、見世物みたいに通りにさらされていた。パトカーと救急車が、続々とカーネーション通りに到着する。路肩には人だかりができていた。みんな、のびあがるようにして、こっちをうかがっている。 『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ』…

女に世界を変えることはできるのか? 『あの本は読まれているか』(ラーラ・プレスコット著 吉澤康子訳)

『ドクトル・ジバコ』をご存じでしょうか? アメリカを筆頭とする資本主義国陣営と、ソ連が率いる共産主義国陣営とのあいだに冷戦がくり広げられていた1950年代、ソ連の作家ボリス・パステルナークによって書かれた恋愛小説であり、ソ連では発禁扱いとされた…

連続殺人事件を通じてソヴィエト連邦の「不都合な真実」を描く 『チャイルド44』(トム・ロブ・スミス著 田口俊樹訳)

この社会に犯罪は存在しないという基盤を。 国家保安省捜査官の義務として――義務と言えば、人民すべての義務だが――レオはレーニンの著作を学習し、社会の不行跡である犯罪は貧困と欠乏がなくなれば消滅することを知っていた。 遅ればせながら、『チャイルド4…

娘のような母と母のような娘の切れない絆 『タトゥーママ』(ジャクリーン・ウィルソン著 小竹由美子訳)

「いいの。だって、マリゴールドがわたしのお母さんなんだもん。」喜ばせようと思ってこういったのに、マリゴールドはまた泣きだした。「あたしったら、なんてバカな母親なのかしら。どうしようもないね。」「この世でいちばんのお母さんだよ。おねがいだか…

べつの言葉によって自らを変容させていく試み 『べつの言葉で』(ジュンパ・ラヒリ著 中嶋浩郎 訳)

人は誰かに恋をすると、永遠に生きたいと思う。自分の味わう感動や歓喜が長続きすることを切望する。イタリア語で読んでいるとき、わたしには同じような思いがわき起こる。わたしは死にたくない。死ぬことは言葉の発見の終わりを意味するわけだから。 『停電…

人間を「物」として扱う社会とは――『地下鉄道』(コルソン・ホワイトヘッド著 谷崎由衣訳)、『フライデー・ブラック』(ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー著, 押野素子訳)

砦までの道のりでコーラの祖母は何度か売られ、宝貝やガラスのビーズと引き替えに奴隷商の手から手へと渡った。ウィダで彼女の値段が幾らだったか知ることは難しい。というのもまとめ買いだったから。八十八の人間が、ラム酒と火薬を入れた木箱六十個と交換…

やっぱり優しくなければ生きている資格がない――レイモンド・チャンドラー『高い窓』(村上春樹訳)

彼女は二本の腕をデスクの上で折りたたみ、顔をその中に埋めてしくしくと泣いていた。それから首をひねって、涙で濡れた目でこちらを見た。私はドアを閉めて彼女のそばに行き、その細い肩に腕をまわした。…… 娘は飛び上がるように身を起こし、私の腕から逃れ…

自分の肉親について文章を書くということ レイモンド・カーヴァー「父の肖像」(『ファイアズ(炎)』)、村上春樹『猫を棄てる』

自分の肉親について説得力のある文章を書くというのは決して簡単なことではない。結局のところ、文章の力によってどこまでその人物を相対化できるか、そしてその相対化された像のなかにどれだけどこまで自分の感情を編み込めるか、という微妙な勝負になる 村…

絵の中で語られるのを待っている物語 『短編画廊』(ローレンス・ブロックほか 著 田口俊樹ほか 訳)

ここに収められた物語はさまざまなジャンルの物語だ。あるいは、いかなるジャンルにも収まらない物語だ。 エドワード・ホッパーの絵をモチーフにした短編集『短編画廊』を読みました。 短編画廊 絵から生まれた17の物語 (ハーパーコリンズ・フィクション) 作…