快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

翻訳本

160年前の「女のいない男たち」~ツルゲーネフ『はつ恋』(神西清訳)と『ドライブ・マイ・カー』(村上春樹原作・濱口竜介監督)

さて、今回の書評講座の課題本は、ツルゲーネフ「はつ恋」でした。(青空文庫でもあります) はつ恋(新潮文庫) 作者:ツルゲーネフ 新潮社 Amazon 言わずと知れた文豪ツルゲーネフによる名作。といっても、案の定、読むのは今回がはじめて。きっとタイトル…

人生に勝者や敗者なんて存在するのか? デイヴィッド・ベニオフ『25時』~『99999』(田口俊樹訳)

デイヴィッド・ベニオフの短編集『99999』(ナインズ)を読みました。 デイヴィッド・ベニオフは、第二次世界大戦時のロシアで生きのびようとする青年たちを描いた『卵をめぐる祖父の戦争』で高く評価され、さらに小説のみならず、『ゲーム・オブ・スロ…

国際女性デーに 女性の連帯から何かがはじまる――『99%のためのフェミニズム宣言』(ナンシー・フレイザーほか(著), 菊地夏野(解説), 惠愛由 (翻訳))

前回に続き、800字書評(正確には、批評講座だけど)ですが、今回のお題は本ではなく、森喜朗氏の例の発言について評論するというものでした。 正直なところ、例の発言とそれをめぐる報道については、「またこの人か……」と思った程度で、それほど注目してな…

なぜ村上春樹はこの作品を訳したのか? ジョン・グリシャム『「グレート・ギャツビー」を追え』(村上春樹訳)

彼が注意深く箱を開けると、図書館が入れた目録ページがあり、そこには「F・スコット・フィッツジェラルド著『美しく呪われしもの』オリジナル原稿直筆」と書かれていた。 「やったぜ」とデニーが静かに言った。彼は同じ形をしたボックスを二つ、五つ目の抽…

立派な実験動物として生きるために 『韓国フェミニズム作品集 ヒョンナムオッパへ』(チョ・ナムジュほか著 斎藤真理子訳)

『韓国フェミニズム作品集 ヒョンナムオッパへ』を読みました。 タイトルからもわかるように、「フェミニズム」をテーマに韓国の女性作家七人が書き下ろした短編集……というコピーから思い浮かぶ枠をはるかに超えて、リアリズム小説からノワールやSFまで多…

2020年心に残った本(『ボッティチェリ 疫病の時代の寓話』『ワイルドサイドをほっつき歩け』『ディスタンクシオン』)

先日、翻訳ミステリー読書会のスピンオフとして雑談会を開き、「今年心に残った本」について語り合いました。いつものように思いつきでテーマを発表してから、なんやろ~と考えてみたのですが、案外迷うことなくすんなりと下の3冊に決まりました。 1:バリ…

移民の娘、そしてエリート女子として、「わたし」のこじれたアイデンティティ――ウェイク・ワン『ケミストリー』(小竹由美子訳)

ウェイク・ワン『ケミストリー』(小竹由美子訳)を読みました。 ケミストリー (新潮クレスト・ブックス) 作者:ワン,ウェイク 発売日: 2019/09/26 メディア: 単行本(ソフトカバー) 中国系アメリカ人として生まれた「わたし」は、両親の期待を背負って博士…

差別する側の「誤った決断や行動、事後の後悔」を描いた 『兄の名は、ジェシカ』(ジョン・ボイン著 原田勝訳)

ジョン・ボイン『兄の名は、ジェシカ』を読みました。 以前に紹介した二作『縞模様のパジャマの少年』『ヒトラーと暮らした少年』は、どちらもナチスドイツの支配下にあったヨーロッパを描いていたが、今作は現代のイギリスが舞台となっている。 兄の名は、…

孤独な独学から生み出された怪物の正体は? 『フランケンシュタイン』(メアリー・シェリー著 田内志文訳)※訳書多数あり

“フランケンシュタイン”をご存じでしょうか? と聞くと、知らないと答える人はほとんどいないだろう。しかし、『フランケンシュタイン』を実際に読んだことがある人は? と聞くと、その数は格段に減るのではないだろうか。そもそも、“フランケンシュタイン”…

完璧な書き出しではじまる完璧な心理サスペンス『ロウフィールド家の惨劇』(ルース・レンデル著 小尾 芙佐訳)

ユーニス・バーチマンがカヴァデイル一家を殺したのは、読み書きができなかったためである。 英国女性ミステリーの女王と呼ばれたルース・レンデルが1977年に発表した、『ロウフィールド家の惨劇』の冒頭である。 www.amazon.co.jp この小説の謎は、〈だれが…

ミネット・ウォルターズ『カメレオンの影』(成川裕子訳)オンライン読書会報告&心理サスペンスのブックガイド

さて、9月26日(土)に第1回オンライン読書会を開催しました。課題書は、今年の4月に出版された、ミネット・ウォルターズの新作『カメレオンの影』です。 カメレオンの影 (創元推理文庫) 作者:ミネット・ウォルターズ 発売日: 2020/04/10 メディア: Kindle版…

誰もが心に秘めている闇とは? ミネット・ウォルターズ『氷の家』(成川裕子訳)から『A Dreadful Murder』まで一

9月26日(土)の読書会(課題書『カメレオンの影』成川裕子訳)の予習のため、ミネット・ウォルターズのデビュー作『氷の家』と、2013年に発表された『A Dreadful Murder』(未訳)を再読しました。 氷の家 (創元推理文庫) 作者:ミネット ウォルターズ 発売…

壊れた世界を救うのはだれか? 『壊れた世界の者たちよ』(ドン・ウィンズロウ著 田口俊樹訳)

『壊れた世界の者たちよ』の読書会に参加しました。はじめてのオンライン読書会のうえに、訳者の田口俊樹さんや担当編集の方もご参加されたので、なんだか緊張しました。 壊れた世界の者たちよ (ハーパーBOOKS) 作者:ドン ウィンズロウ 発売日: 2020/07…

憎しみにうち勝つために 『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ』(アンジー・トーマス著 服部理佳訳)

カリルの体は、見世物みたいに通りにさらされていた。パトカーと救急車が、続々とカーネーション通りに到着する。路肩には人だかりができていた。みんな、のびあがるようにして、こっちをうかがっている。 『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ』…

女に世界を変えることはできるのか? 『あの本は読まれているか』(ラーラ・プレスコット著 吉澤康子訳)

『ドクトル・ジバコ』をご存じでしょうか? アメリカを筆頭とする資本主義国陣営と、ソ連が率いる共産主義国陣営とのあいだに冷戦がくり広げられていた1950年代、ソ連の作家ボリス・パステルナークによって書かれた恋愛小説であり、ソ連では発禁扱いとされた…

連続殺人事件を通じてソヴィエト連邦の「不都合な真実」を描く 『チャイルド44』(トム・ロブ・スミス著 田口俊樹訳)

この社会に犯罪は存在しないという基盤を。 国家保安省捜査官の義務として――義務と言えば、人民すべての義務だが――レオはレーニンの著作を学習し、社会の不行跡である犯罪は貧困と欠乏がなくなれば消滅することを知っていた。 遅ればせながら、『チャイルド4…

娘のような母と母のような娘の切れない絆 『タトゥーママ』(ジャクリーン・ウィルソン著 小竹由美子訳)

「いいの。だって、マリゴールドがわたしのお母さんなんだもん。」喜ばせようと思ってこういったのに、マリゴールドはまた泣きだした。「あたしったら、なんてバカな母親なのかしら。どうしようもないね。」「この世でいちばんのお母さんだよ。おねがいだか…

べつの言葉によって自らを変容させていく試み 『べつの言葉で』(ジュンパ・ラヒリ著 中嶋浩郎 訳)

人は誰かに恋をすると、永遠に生きたいと思う。自分の味わう感動や歓喜が長続きすることを切望する。イタリア語で読んでいるとき、わたしには同じような思いがわき起こる。わたしは死にたくない。死ぬことは言葉の発見の終わりを意味するわけだから。 『停電…

人間を「物」として扱う社会とは――『地下鉄道』(コルソン・ホワイトヘッド著 谷崎由衣訳)、『フライデー・ブラック』(ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー著, 押野素子訳)

砦までの道のりでコーラの祖母は何度か売られ、宝貝やガラスのビーズと引き替えに奴隷商の手から手へと渡った。ウィダで彼女の値段が幾らだったか知ることは難しい。というのもまとめ買いだったから。八十八の人間が、ラム酒と火薬を入れた木箱六十個と交換…

やっぱり優しくなければ生きている資格がない――レイモンド・チャンドラー『高い窓』(村上春樹訳)

彼女は二本の腕をデスクの上で折りたたみ、顔をその中に埋めてしくしくと泣いていた。それから首をひねって、涙で濡れた目でこちらを見た。私はドアを閉めて彼女のそばに行き、その細い肩に腕をまわした。…… 娘は飛び上がるように身を起こし、私の腕から逃れ…

自分の肉親について文章を書くということ レイモンド・カーヴァー「父の肖像」(『ファイアズ(炎)』)、村上春樹『猫を棄てる』

自分の肉親について説得力のある文章を書くというのは決して簡単なことではない。結局のところ、文章の力によってどこまでその人物を相対化できるか、そしてその相対化された像のなかにどれだけどこまで自分の感情を編み込めるか、という微妙な勝負になる 村…

絵の中で語られるのを待っている物語 『短編画廊』(ローレンス・ブロックほか 著 田口俊樹ほか 訳)

ここに収められた物語はさまざまなジャンルの物語だ。あるいは、いかなるジャンルにも収まらない物語だ。 エドワード・ホッパーの絵をモチーフにした短編集『短編画廊』を読みました。 短編画廊 絵から生まれた17の物語 (ハーパーコリンズ・フィクション) 作…

それがフィリップ・マーロウという人間だ 『さよなら、愛しい人』(レイモンド・チャンドラー 著 村上春樹 訳)

It wasn’t any of my business. So I pushed them open and looked in. 私には何の関わり合いもないことだ。なのに私はその扉を押し開け、中をのぞき込んだ。そういう性分なのだ。 レイモンド・チャンドラーによるフィリップ・マーロウシリーズの二作目、『…

2020年1月26日「はじめての海外文学 in 大阪」(梅田蔦屋書店)レポート

さて、1月26日に梅田蔦屋書店で行われた「はじめての海外文学」に参加しました。 翻訳者の方たちが全力でオススメの海外文学を紹介する、この「はじめての海外文学」。東京では去年の10月に開催される予定でしたが、大型台風の襲来によって中止となり、今回…

「善」と「悪」が入り混じったすえに生まれる「倫理」『ひとり旅立つ少年よ』(ボストン・テラン著 田口俊樹訳)

「私たちが生きるこの時代において、画家の大いなるキャンヴァスとはなんでしょう? そう、それはアメリカそのものです。私たちがともに描き出そうとしているこの国の絵。それこそ大いなるこの国家の将来を決定するものです」 この『ひとり旅立つ少年よ』は…

2019年11月10日 柴田元幸さん講座「J・D・サリンジャーの声を聞く」 ホールデンからハック、そしてシルヴィア・プラスなど

If you really want to hear about it, the first thing you’ll probably want to know is where I was born, and what my lousy childhood was like, and how my parents were occupied and all before they had me, and all that David Copperfield kind o…

それぞれの作品が呼応する、意義深いアンソロジー 『世界文学アンソロジー いまからはじめる』(秋草俊一郎ほか編)

アンソロジーって何だろう? 一般的には、さまざまな物語(おもに短編)を集めて一冊にしたものという印象だろうか。スーパー大辞林では、「一定の主題・形式などによる、作品の選集。また、抜粋集。佳句集。詞華集。」と定義されている。goo辞書では「いろ…

「不逞」に戦い続けること 『何が私をこうさせたか』(金子文子著)『三つ編み』(レティシア・コロンバニ 著 齋藤可津子訳)

文体については、あくまでも単純に、率直に、そして、しゃちこ張らせぬようなるべく砕いて欲しい。ある特殊な場合を除く外は、余り美しい詩的な文句を用いたり、あくどい技巧を弄したり廻り遠い形容詞を冠せたりすることを、出来るだけ避けて欲しい。 前回の…

「中立・客観的」って可能なのか?『情報生産者になる』(上野千鶴子)から『大学教授のように小説を読む方法』『パームサンデー』まで

すべての問いはわたし自身の問いであり、わたしの問いはあなたの問いではないからです。そして人間には、他人の問いを解くことはついにはできないからです。 なんとなく上野千鶴子の『情報生産者になる』を手に取り――なんとなく、というのは、私は研究者でも…

私たちはみな、ポムゼルではないのか?『ゲッベルスと私――ナチ宣伝相秘書の告白』(ブルンヒルデ・ポムゼル, トーレ・D.ハンゼン, 石田勇治監修, 森内薫,赤坂桃子訳)

ブルンヒルデ・ポムゼルは政治に興味はなかった。彼女にとって重要なのは仕事であり、物質的な安定であり、上司への義務を果たすことであり、何かに所属することだった。彼女は自身のキャリアの変遷について非常に鮮明に、詳細に語った。だが、ナチ体制の犯…