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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

捨て暮らし、そして離島への移住へ 『捨てる女』 『漂うままに島に着き』(内澤旬子)

 こんなごみごみしたところで、せかせか暮らすのは止めて、田舎にでも行ってゆっくりしたいな……とふと考える瞬間がある。

 いや、まあ誰にでもあると思うのですが、私の場合は、車の運転もできないし、体力も自信がないし、とにかく虫が部屋のなかに入ってくるのが怖くて、植物も一切置かず、いまは8階の部屋なのにもかかわらず、なるだけ窓を閉めて暮らしていたりするので、田舎暮らしなんてまったくできるわけがないのですが。 

漂うままに島に着き

漂うままに島に着き

 

  しかし、内澤旬子の『漂うままに島に着き』を読んだりすると、離島暮らしあこがれるなー、小豆島いいな~『二十四の瞳』に(←古いですが)、オリーヴの林……と、完全にお花畑脳になってしまう。

 が、実際は、この本でも書かれているように、離島暮らしは甘いものではない。いまはネットのおかげで、Amazonでどこにいても本などは買えるといっても、ネットがあっても病院に行けるわけではない。ヨガをするにも、都会に出ないといけない。どうしても都会より濃密になる近所づきあいも、快いものばかりではない。
 そして当然、そこでなんの仕事すんねん!?っていう問題がある。いくら生活費が都会よりかからないといっても、なんらかの金銭を発生させなければならない。やっぱり田舎暮らしなんて、とうてい無理だな~と、腹の底から納得する。


 でも、それでもやはり、いらないものはぜんぶ捨てて身軽になって、身の回りをリセットしたいという衝動はある。それを書いているのが、前作の『捨てる女』だ。 

捨てる女

捨てる女

 

 本を買い読みすれば、常に本を手放す、捨てることから逃れられないということなのだろうか。

買えるものをそのまま持ち続けるには、東京とその近郊の土地が高額すぎるため、ちょっとぼやっとしてるとすぐにゴミ屋敷や汚部屋になってしまう。そうそう、つまりね、本やモノが溜まるのはあたしのせいじゃなくて、こういう世の中のせいってことにしたいんですよ、もう。 

 このくだり、激しく激しく同意する。しかし、まさに「ぼやっとしてる」だけの私と違い、内澤さんは乳がんのホルモン療法の副作用もあるからなのか、あるいは豚を育てて食べたことも影響しているのか、どんどんどんどん家のなかのモノを処分していく。

 もちろんそのなかには、かつては大事にしていたもの、思い出のつまったものも多い。『本の雑誌』の名物編集者であり、サッカーを愛する杉江さんが、「靴(サッカーシューズ)は捨てられませんよ、僕は」と言うのを聞いて、「いや、お気持ちわかります」と書きつつ

しかしなんだかそれももう、重くなっちゃったんだ、あたしは。

と、過去の旅で履いた靴も、これから行くかもしれない旅の装備も、潔く捨てる。「いつかまたバックパック背負ってどこに行くかもわからないと、思い続けるのにも、疲れてしまった」と。大量の本を捨て、十五年くらい前にもらった梅酒とジャム(!)をせっせと食べて消費する。(これは捨ててもいいのではないかと思ったが)そしてついには

夫と彼の大量の荷物の断捨離を決意。2010年5月に仕事場から机と最低限の資料を持ち出し、寝室マンションからは奴の服と布団を叩き出して別居となったのである。 

  いや、もちろんこれに至る経緯も多少書かれているのですが、プライベートな事柄のせいか、そんなに深くは触れられていない。それより、その後、トイレットペーパーと決別した経緯の方が詳細に書かれていて圧倒される。
 震災のあと、トイレットペーパーが買い占められて、不当に値上がりしたことに腹を立てたのが契機となり、これまでトイレットペーパーを使っていない国を旅行したこともあるのだから、自分の家でもできるはずと、トイレに手酌を置きはじめる。いやはや、感心することしきりでした。


 さらに、趣味というより、なかば仕事としてワークショップも行っていた、製本にまつわる材料も捨てる。収集してきた古本や仕事で描いたイラストの原画も売ってしまう。で、ありとあらゆるものを捨てまくったあとの感慨としては

いよいよどん詰まりの様相をさらし始めた捨て暮らし。生活がこざっぱりすればするほどなぜだろう、寂しくなってきてしまったのである。「寂しい」というワードが自分の人生に浮かぶとは、まるっきりの想定外のこと。
しかし、人恋しいのかと言われると、微妙。性別の違う誰かと暮らすことを想像すれば、悪いことばかりぼっこぼこに浮かんできて叫び出しそうになるくらいには、いまだに結婚生活はトラウマなのである。 

と、新たなフェイズに移行する。しかし、結婚生活でいったいなにがあったのか(書かれていること以外に)、、というのも、どうしても気になりますが。まあそこから、内澤さんは多肉植物を集め出し、都会からの脱出を考えるようになる、で冒頭の島暮らしにつながるわけです。


 しかし私は、こうやって読んでみたものの、移住はもちろん、捨て暮らしさえもまったくできていない。結局私には、このごちゃごちゃした町の狭い部屋で息苦しく生きるコクーン生活があっているのだろうな……なかば諦め気味に思ったりもする。