快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

【12/4 追記】2017年ベスト本――最愛の犬本① 『おやすみ、リリー』(スティーヴン・ローリー 著 越前敏弥 訳)

二十代がまさに終わる日の夜、新しくやってきた子犬を腕に抱いたとき、ぼくは泣き崩れた。愛を感じたからだ。愛みたいなものじゃない。ちょっとした愛でもない。限界なんかなかった。ぼくは出会ってからたった九時間の生き物に、ありったけの愛を感じていた。
 ぼくの顔の涙をなめていたリリーを思い出す。
 あなたの! めから! ふって! くる! あめって! すてき! しおあじって! だいすきよ! これ! まいにち! ふらせて! 

 さて、気がついたら2017年もあと一月を切りました。

 そこで、今回は2017年のベスト犬本を紹介したいと思います。ちなみに、ベスト「犬」本というのは、犬の本のなかでベストという意味ではなく、2017年のベストだと思った本が、たまたまどちらも犬の本だったからです。


 まずこちら、『おやすみ、リリー』は表紙の犬の絵と、「おやすみ」という言葉から想像できるように、愛犬リリーとの別れがテーマとなっている。 

おやすみ、リリー

おやすみ、リリー

 

というと、動物好きの人たちは「そんな本、つらくて読めるわけない!」と思うことでしょう。基本私も、そんな不吉な予感の漂う本には近づかないことにしています。

 でも、そんな私でも、最後まで夢中になって読みきってしまったこの本。
 読むのがつらくなかったかって? そりゃもちろんつらかった。涙が止まらなくなる場面もひとつやふたつではなかった。

 それでも読んだあとは、まさに上の引用にあるように、主人公の「ぼく」(テッド)と同じく、私の心も「ありったけの愛」で満たされるのを感じたのだった。


 そう、この本を読んで涙が出るのは、愛犬が病気になって衰えていくからだけではない。それよりも、「ぼく」とリリーとの日常の大切さや愛おしさが、いきいきと描かれていることに胸をうたれるからである。

 なんといっても、「ぼく」の目に映るリリーはただの犬ではない。
 「ぼく」とリリーは毎日いろいろおしゃべりをし、木曜の夜は「いま一番イケてる男子」について一緒に語りあい(そう、「ぼく」はゲイなのです)、金曜の夜は一緒にモノポリーをし、土曜には一緒に映画を観て、日曜には一緒にピザを食べる。これがふたりの――正確にいうと、ひとりと一匹ですが――毎日の暮らしだ。 

犬の何よりすてきなところは、そばにいてほしいと人が特に強く思っているとき、なぜかそれを察することだ。そして何もかもをほうり出し、しばし寄り添ってくれる。 

  この物語はリリーの病気に気づいたときからはじまるが、病気の進行と並行して、「ぼく」とリリーのこれまでの生活も語られる。

 最初の引用はリリーとの出会いの場面だけど、「ぼく」はリリーを抱いたとたんに泣き崩れている。それがどうしてかは明確には語られていないものの、ほかの回想シーンから、「ぼく」は両親の離婚や、またゲイであることから、幾度も傷ついたり悩んだりしてきたことがほのめかされている。

 母親から愛されているかどうか、いまでも不安を抱いていることや、パートナーと安定した関係を築けないことに苦しんでいることが、随所で描かれている。そんな「ぼく」がリリーと共に暮らしはじめ、過去のリリーの大病、リリーの次に(?)愛する妹の結婚、パートナーだったジェフリーとの別れを経て、成長していくさまがしっかりと読者に伝わってくる。


 そうして「ぼく」に最大の試練が訪れる。リリーとの別れが……

 でも、あくまでも「ぼく」の語り口は軽妙で、リリーに襲いかかる病魔を「タコ」と呼び、ときにはばかばかしく感じるほどユーモラスに闘ってみせる。まるで風車に戦いを挑むドン・キホーテのように。
 しかも、「タコ」もなかなかの曲者で、いらんこと言いのへらず口野郎だ。ときには妙に哲学的なセリフも吐く。このコミカルさも、小説の強いアクセントとなっている。

「でも、何よりもリリーに感謝している。リリーがぼくの人生に登場してからというもの、ほんとうにいろんなことを教わった。我慢、やさしさ、静かな誇りと気品をもって困難に立ち向かうこと。リリーはだれよりもぼくを笑わせてくれ、だれよりも強く抱きしめたいと思わせてくれる。最高の友であるという約束を、忠実に守ってくれる」 

 ところで、私はこの本をまず原書で読んで、案の定泣いてしまったにもかかわらず、それでもやっぱり動物のいる人生がいい!と強く願いました。

 すると、思いが通じたのか、職場の人から猫を拾ったので引き取ってくれる人を探していると聞き、うちの子と一緒に暮らすようになりました。なので、人生を変えられたといっても、おおげさではない一冊です。


 で、もう一冊の犬本についても、あわせて書こうと思っていたが、長くなってしまったので、近々アップします……

【12/4追記】

 コメント欄にも書きましたが、この小説はただただ悲しいだけではなく、軽妙でコミカルなところと、じわっと切ないところが、緩急をつけながらうまく結びつけられている。

 作者のスティーヴン・ローリーは、この小説がデビュー作だけど、フリーライター、コラムニスト、脚本家としてのキャリアが長いだけあって、文章にユーモアをおりまぜるさじ加減がうまく、読んでいると思わず笑みがこぼれてしまう。


 この物語は、作者のスティーヴン・ローリーが愛犬「リリー」を失くした経験をもとにしており、またスティーヴン・ローリー本人もゲイであり(ツイッターにいまのイケメン彼氏との写真をしょっちゅうアップしているらしい)、となると「そのままやん!」って感じですが、主人公のテッドは作者の分身だと読みとってまちがいないよう。

「ぼくはエドワードだ。テッドって呼ばれてる」耳もとでそうささやき、自分の耳をリリーの頭に近づけた。そのときはじめて、リリーが話すのを聞いた。
このひとが! わたしの! かぞくに! なるのね!

 がしかし、主人公テッドも作者と同じフリーライターという設定のようだけど、リリーにかまけてばかりで、いったいいつ仕事してるんだ??と最後まで気になった…