だれにも愛されなかった男の顛末 『心地よい眺め』 ルース・レンデル
だれにも関心を持ってもらえない環境で育った青年テディは、人間にはまったく興味がなく、「やっぱり人間は堕落して腐敗している、物よりはるかに劣っている。物は、けっして人を裏切らない」と考え、だれとも交わらず、職人として生きていこうと決心する。
ところが、あれだけ人間を嫌っていたはずなのに、ひとりの美しい少女に出会い恋におちる。しかし、その少女フランシーンは、子供の時、何者かによって銃で撃たれた母親を目撃してしまい、心に傷を抱えていた…
こう書くと、傷ついた二人が愛しあうことによって、傷を癒して前に進んでいく話のように思えますが、そんな話ではまったくありません。
ストーリーは、このテディの両親の結婚前からはじまり、長いスパンで進んでいくので、正直、ちょっと冗長に感じられるところもあったが、話が進むにつれて、サスペンス度というか、嫌な感覚がじわじわと増していった。
フランシーンは、こんな過酷な体験を子供の時にしているのにもかかわらず、すごくまっとうできちんとした娘に成長しているのだが、フランシーンに関わる人間がどんどんと狂気の度合いを深めていくのが気持ち悪かった。
テディが道を踏み外していくのは予想通りだが、フランシーンの心理療法士から継母になったジュリアの狂気が、読んでて一番印象深かった。フランシーンの心の傷を癒して、立派な娘に成長させるのが自分の役割だ、そのために自分のキャリアも犠牲にし、血のつながった子も作らなかったのだから……とフランシーンに激しく執着し、そしてフランシーンが年頃になると、「あの子はふしだらな娘なのだ」と妄想にかられていくさまが、あり得ないようで、実はよくある親子関係のようで、おそろしく感じた。
で、これはミステリーというよりサスペンスかな?と思っていたら、最後の最後で唐突に、フランシーンの母親を殺した犯人が明かされるので、謎解きの要素もちゃんとあったんだとおどろいた。
ところで、ルース・レンデルは今年になって亡くなったが、ガーディアンのサイトで、ジャネット・ウィンターソンがルース・レンデルの追悼文を書いている。
これによると、エージェントが同じだったため、ジャネットが“オレンジ”でデビューしてまもない頃(もちろん『オレンジだけが果物じゃない』。私もすごく好きな小説です)、オーストラリアに行くルース・レンデル夫婦の家の留守番を頼まれたことから、交友がはじまったらしい。そして当時すでにベテラン作家だったルースは、“オレンジ”を読んで気に入ったと語ってくれたとのこと。
ジャネット・ウィンターソンは同性愛者であり、それが作品のテーマのひとつにもなっていて、一方、ルースは結婚もしている異性愛者であるが、早くから同性愛者の運動をサポートしており、2013年にバーバラ・ヴァイン名義で出された『The Child’s Child』は、同性愛をあつかったものらしい。翻訳されるのだろうか。
Ruth was an unsettling mixture of the conventional and the strange. Both her names – Barbara and Ruth, mean “stranger”.
ジャネットはこう書いているが、名前にそんな意味があったとは知らなかった。
バーバラ・ヴァイン名義の『死との抱擁』(Dark-adapted eye)はトマス・H・クックも、このように↓で勧めているので、読んでみたいと思います。