読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

〈奇妙な味〉って? 18の奇妙な物語 『街角の書店』

 

街角の書店 (18の奇妙な物語) (創元推理文庫)

街角の書店 (18の奇妙な物語) (創元推理文庫)

 

  わたしは目覚めている。そして、わたしの夢を見守り、おもしろいとか不吉だとかコメントする見物人と口論していた。……


 こちら〈奇妙な味〉の短編ばかり18編集めた本。
 〈奇妙な味〉とは、解説によると、もともとは江戸川乱歩の造語で、いまでは「読後に論理では割り切れない余韻を残す、ミステリともSFとも幻想怪奇小説ともつかない作品」くらいの意味で使われることが多いらしい。たしかに、この本におさめられた短編は、どれもガッチリこの規定にあてはまっている。


 冒頭にあげたのは、ミルドレッド・クリンガーマンの『赤い心臓と青い薔薇』の冒頭であり、これに続く、「わたし」のモノローグでは、「“彼らは指ぬきであれを探した”」と『スナーク狩り』が引用され、いかにもいわくありげな雰囲気で物語がはじまるのだが、実は、メインの物語は、「わたし」の隣のベッドの女によって語られ、信頼できない語り手によって語られる、嫌悪感がかきたてられる事件――純粋に年上の女を母親代わりに慕う男なのか、ストーカーなのか、あるいは、思い込みなのか――を、信頼できない聞き手である「わたし」が聞くという、複雑な構造になっている。


 ちなみに、この本は、超自然の要素のありなしでグラデーションのように小説を配列していて、最初の方が超自然の要素が少ないのだけど、だからといって、最初の方に掲載されている短編がわかりやすいとは限らないところがおもしろい。

 一番最初の『肥満翼賛クラブ』は、昔に読んだ松浦理英子の短編『肥満体恐怖症』を思い出し、「翼賛」なので逆ではあるが、『肥満体恐怖症』と同様に、肥満の様子がグロテスク、そしてコミカルに書かれていて、にやりとしてしまった。宮脇孝雄さんの翻訳も、「黒い笑い」をうまく伝えている。

 次のイーヴリン・ウォーの「ディケンズを愛した男」も、予想通りの底意地の悪い笑い話。アマゾンのジャングルに置き去りにされた男の話なのだけど、作者自身がジャングルで足止めを食らった時に書いたらしく、やはりハートが強いな、と感心した。
 その次は、シャーリー・ジャクスンの「お告げ」であり、シャーリー・ジャクスンといえば、こういったブラックな短編集に必ず収録される「くじ」が有名なので、これもそういう身の毛もよだつ話かと思いきや、なんと、ハートウォーミングなコメディチックな話で意表をつかれた。


 それ以外には、ケイト・ウィルヘルムの『遭遇』が、吹雪の雪山に見知らぬ女と閉じこめられるという、そんなに目新しい設定ではないのだけど、男とそのまわりの女たちの心理描写にひかれた。
 また、文豪スタインベックが、捨てても捨てても追ってくるチューイング・ガムのナンセンスな小咄『M街七番地の出来事』という話を書いていたり、フリッツ・ライバーの『アダムズ氏の邪悪の園』では、ヒュー・ヘフナーのプレイボーイ・マンションがモデルと思われる(思われるというか、物語の中でも〈子猫ちゃん〉とか書かれているのですが)館で、時を超越した奇想天外なストーリーが展開したりと、たいへん読み応えのある話がそろっている。それにしても、ヒュー・ヘフナーのプレイボーイ・マンションって、『SEX and The City』にも出てきたりと、アメリカの生きる神話ですね。

 ロジャー・ゼルズニイの『ボルジアの手』は、「ルターとゲーテの国」を舞台にした、「ぼくなりにもっと偉大な芸術家」になりたい男の子が主人公で、最後の「高く!」というセリフのhighが、ドイツ語の“heil”(万歳!)と同じ読みだと解説で指摘されているので、やはり“前日譚”なのだろうか。
 表題作である『街角の書店』は、一番最後におかれていて、つまり一番超自然の要素が強い話のはずですが、本屋が異空間への入り口という、ある意味、一番わかりやすく読みやすい話のように思えました。


 こういう短編集って、読者に対して、いままで知らなかった作家への興味をかきたて、この作者の作品をもっと読みたい!と思わせたら勝ち(なにに対して勝ちなのか謎ですが)なのだと思うので、その意味では、この本はかなり成功しているのではないでしょうか。ケイト・ウィルヘルムや、ミルドレッド・クリンガーマンのほかの作品を読みたくなった。

 普通の小説とは一味違うものばかりなので、理解するのが難しいかも…と思ってしまうかもしれませんが、どの作品もだいたい数ページ程度で、短編小説の中でもかなり短いものばかりなので、寝る前とか、会社の休み時間などでもすぐ読めるし、翻訳本なのに千円しないので(いきなりケチくさい話ですが)、気軽に読んでみることをおすすめします。