読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

翻訳小説という新しい愉しみへの誘い 『翻訳百景』  越前敏弥

 もしこの世に翻訳小説がなかったら――
 外国の事物や風習、そこで暮らす人々の気持ちをどれだけ理解することができるだろうか? 文化や考え方の違いを理解したり、あるいは、どんなに環境が変わろうとも、人の気持ちはさほど変わらないことを実感することができるだろうか? 
 自分のおかれている状況に絶望したときや、“ここではないどこか”に憧れたときに、新天地となるべき場所を思い浮かべることができるだろうか?

 というようなことを、この『翻訳百景』を読んで、また紀伊國屋でのイベントにも行って、あらためて感じました。 

翻訳百景 (角川新書)

翻訳百景 (角川新書)

 

 

「翻訳ってただ訳すだけじゃだめなの?」
 この質問は、たとえば「野球って、ただバットを振るだけじゃだめなの?」「サッカーって、ただボールを蹴るだけじゃだめなの?」という問いかけと同じだ。 

  これが『翻訳百景』の冒頭であげられている、翻訳者が聞かれる“あるある”質問のひとつ。こんなことほんとに聞く人いるんかなって思うけれど、書かれているということは実際に存在するんでしょう。

 そして、この本の第1章「翻訳の現場」が、この疑問の答えになっている。編集者による書き込みの入ったゲラを実際に見ると、翻訳者も編集者も一言一句にいたるまで全く妥協せず、文章を推敲して練りあげていくのがよくわかる。

 また、「翻訳書のタイトル」という項では、「特に印象に残っているもの」について書かれているが、さすがどれもプロの技だなと感心した。たしかに、『ダ・ヴィンチ・コード』も、『ダ・ヴィンチの暗号』では単なる一般教養ものと勘違いされて、そんなに売れなかったのではないかと思う。
 イベントの話では、この本にあげたもの以外では『父さんが言いたかったこと』(原題:The Forever Year)が印象に残っているとのことだった。私も以前この本を読んだけれど、ほんとうに内容を的確に示している邦題だ。いま検索したら、このページでも同様の感想が書かれていました。

 あと、この本と並行して、金原瑞人さんの『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』を読んだら、ここでも「タイトルをつけるセンス」という項があり、「とにかくタイトルを決めるのはむずかしいのだ!」と書かれている。 

翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった (ポプラ文庫)

翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった (ポプラ文庫)

 

  この本であげられている『豚の死なない日』は、いいタイトルですね。
 なんていうか、何の本だかまったくイメージや興味がわかない題はもちろんダメだけど、わかりやすすぎるのもダメなんですよね。どんな本だろう?って自然に興味をひく塩梅がむずかしい。その塩梅が、『翻訳百景』で取り上げられた『夜の真義を』の「を」の意味になるのでしょう。


 また、タイトルネタ以外にも、この二作に共通して強調されていることは、翻訳には気配りが大事だということだ。『翻訳百景』では、

大事なのは、どれだけ日本語が好きか、どれだけ調べ物が好きか、どれだけ本が好きか、そしてどれだけ気配りができるかだ。 

  とあり、『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』では、下記のように書かれている。

翻訳家はなぜかA型が圧倒的に多い。「気遣いと気配りと思いやり」のA型である。

 けど、ほんとお二人とも翻訳だけでもじゅうぶん忙しいだろうに、翻訳書の普及活動も活発に行い、傍目から見ると超人的なまでに働かれているのは、やはり気配りとサービス精神の賜物なんでしょう。柴田元幸さんもそうですね。

 普及活動というと、『翻訳百景』では、小学生対象の「読書探偵作文コンクール」も紹介されているが、こないだ私も2015年度の受賞作を読んで、ほんとすごい小学生がいるもんだとビックリした。
 『翻訳百景』に掲載されている2012年の最優秀賞も、まず小学4年生がスティーヴン・ホーキングを読んでいるというのにも感服した。作文からも、難しい内容を無理に背伸びして読んでいるのではなく、自由に楽しく読み、自分の言葉でちゃんと理解しているのが伝わってくる。
 また、サイトにアップされている2015年の読書ファイルを見ると、『がんばれヘンリーくん』があるのに感動した。 小さい頃、この「ヘンリーくんとラモーナ」シリーズの大ファンだったのです。いまでも読まれているんですね。

がんばれヘンリーくん (ゆかいなヘンリーくん 1)

がんばれヘンリーくん (ゆかいなヘンリーくん 1)

 

   ところで、「読書探偵作文コンクール」キャラクターのニャーロウ、いわゆる“ゆるキャラ”よりずっとかプロっぽいので前から気になっていましたが、やはりサンリオのキャラクターなどを作った方が、特別に手がけてくれたとのことでした。


 と、ここまで書いたことは、この本のほんの一部に過ぎないので、語学や翻訳書に興味がある方はもちろん、未知の文化やジャンルに触れてみたいという方にも一読をおすすめします。
 読書会の実態(?)についても詳細に書かれているので、「最近、読書会ってよく聞くので興味はあるけど、コアなオタクみたいな人が多そうでよう参加しない…」と思っている、声なき多数派(私の勝手な想定ですが)の方もぜひ読んでみてください。まあ、どこかにはまだ、コアなオタクみたいな人が集まって喧々諤々とやりあっている読書会もあるのかもしれませんが、この本で紹介されている読書会は大丈夫なのではないでしょうか。単純に、毎日の職場や学校以外の場に触れるだけでも楽しいですし。

 本を読むことによって、さまざまな知識に触れることができ、読書会など周辺活動も通じて、日常に新しい愉しみが加わることが伝わったらいいなと思います。