快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

ミネット・ウォルターズが再びシスターフッドを描いた 『悪魔の羽根』

 

悪魔の羽根 (創元推理文庫)

悪魔の羽根 (創元推理文庫)

 

  お待たせしました、ミネット・ウォルターズの邦訳最新刊『悪魔の羽根』です。


 いや、別にだれも待っていないのは重々承知していますが、過去作品について書いているからか、“ミネット・ウォルターズ” “悪魔の羽根” で検索してくる人がちょいちょいいるので。


 まず新聞記事からはじまる冒頭を見ただけで、来た来たという気分になるウォルターズファンの人は多いでしょう。安定のウォルターズ節です。

 この物語の語り手でもある主人公、コニー・バーンズは三十代半ばの女性ジャーナリストで、アフリカや中東の紛争地域で取材活動を続け、戦争や内戦によって社会秩序や倫理が崩壊し、その結果として、多くの女性がレイプや拉致の犠牲となっている現状を記事にしようとしていた。その矢先に、バグダッドでコニー自身が拉致されてしまう……


 と書くと、中東での紛争や拉致がメインの話のように思われるかもしれないが、実はここまではプロローグのようなもので、拉致から解放されたコニーが、イギリスに戻ってドーセット州にひきこもり、そこで借りた家の大家一族と近隣の者たちとの因縁に巻きこまれるというのが本編であり、“閉ざされた共同体で起きる事件” という、いつものウォルターズの物語が展開する。


  ドーセットでの近隣トラブルが話のメインというところは『病める狐』の延長線上にあるような気もするし、大家一族の母と娘の愛憎については『鉄の枷』を少し思い出したり(そういえば、画家の夫が出てくる(コニーの夫ではない)というのも共通点だ)、どんな目にあってもへこたれない強いヒロイン像は『遮断地区』を彷彿とさせたりと、過去作品と共通する要素が多いのも事実だが、過去作品とくらべてもかなり読みやすく、過去の謎と現在進行形の事件の展開がたくみに組みあわせており、先の展開が気になって一気読みしてしまいました。


 そして、上記の近年の作品と大きく違う点は、ここからネタバレになるかもしれませんが


 コニーと隣人ジェスとのシスターフッドが、物語の要になっているところだと感じた。ウォルターズのデビュー作『氷の家』は、一軒家に同居する三人の女が主役で、まさにシスターフッド小説の名作だったが、それ以降の作品では、レイプや暴力がテーマになっていたものの、女性同士の連帯にはあまり焦点はあてられていなかったように思う。しかし、この作品では、心に傷をおったコニーが、隣人ジェスからの助けによって癒されて、再生していく様子が印象深かった。そして、ついにはジェスとともに、コニーを損なったものと対決するところがこの小説のクライマックスであり、そこでまた大きな謎が生まれるという構成が鮮やかだ。


 それにしても、この物語で一番感服するのは、コニーの強さだ。まだ邦訳されていない前作『Disordered Minds』は、かなり嫌なやつといっても過言ではない、うじうじした “こじらせ男” が主人公で、個人的には嫌いなキャラではなかったが、やはりコニーのような女性が主人公の方が、読んでて気持ちがいいのはたしかではあるし、読者の受けもいいのだろう。

 しかし、コニーがいかに強く毅然とした女性であっても、この物語のあと、どのように生きていくのかが気になる。殺人鬼を追っているうちに、自分も鬼になったという話なのか……。ひとがひとを裁くことは可能なのだろうか? 最後にニーチェの言葉が綴られる。
 『怪物と闘う者は、自らも怪物にならぬよう気をつけねばならない』

 最後にどうでもいい話ですが、作者は実際にドーセットに住んでいるらしいけれど、毎回毎回陰惨な事件が起きる閉鎖的な場所として描いていて、町から苦情を言われたりしないのだろうか?

 でも、ウォルターズの作品を読んでいると、一度はドーセットに行ってみたくなる。絵はがきになるような、イギリスの風光明媚な田舎町なのでしょうが、ウォルターズ作品の読者ならば、まちがいなく八つ墓村のように感じてしまうので、美しいカントリーハウスを見ては、その一家に隠された秘密を妄想し、海岸を見ては、『破壊者』のケイトの死体や、この物語の“腕”が浮かんでくるんじゃないかと思ってしまうのでしょう……