快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

せつない片思いのゆくえ 『恋するソマリア』 高野秀行

 ソマリアって、みなさん、どんなイメージを持っているでしょうか? 
 内戦が絶えない国? 海賊がうようよしている国? というか、そもそもどこにあるのかわからない? 
 たしかに、私もアフリカの国だとは知っていても、正確な位置については、エジプトと南アフリカのあいだのどこかという、大雑把にも程がある知識しかなかった。(実際は、アフリカ東部のアラビア半島に向かいあったところにあります) 

恋するソマリア

恋するソマリア

 

 今回は、前回からのアフリカつながり(?)として、高野秀行さんの『恋するソマリア』を紹介したいと思います。まあ、アフリカつながりというか、単純に高野さんのファンなので、新刊が出たら買って読んでいるのですが。


 この本は、講談社ノンフィクション賞をとった『謎の独立国家ソマリランド』の後日談ともいえ、もちろん『謎の独立国家ソマリランド』を読んでいた方が、内容にスムーズに入りこめるだろうけど、ただ、『謎の独立国家ソマリランド』は、ソマリアおよびソマリランドの歴史、氏族とはなんぞやというところからはじまり、争いの経緯やソマリランドの政治的立ち位置など、こと細かくかつ長大に書かれているので、はじめて読む人はこちらから入ってみるのもいいかもしれない。

 「はじめに」から、高野さんのソマリ人に対する“せつない片思い♪”(私の脳内BGMはキョンキョンの『木枯らしに抱かれて』)がめんめんと描かれている。

いつの頃からだろうか。ソマリ人が近づきがたい美女とダブって見えるようになってきたのは。すげなくされればされるほど、相手が素晴らしく見えてしまう。いや、そのくらい美化しないと、これほどまでに入れ込んでいる自分を正当化できないのかもしれない。

 

  と、かなりの入れ込みようで、「『ソマリ人にいくら尽くしても何にもならない』など、演歌のようなセリフ」まで口走りそうな勢いで、「本書は前代未聞にして奇想天外なその愛憎劇の一部始終である」


 前半部分は、ソマリ人に忘れられないうちにと、再びソマリに渡り、新聞社や中古車ビジネスに携わったり、また、ソマリ人の「素の姿」を知りたいと(ほんとうに恋ですね)、家に遊びに行くことを切望したりと、比較的のんびりムードで語られる。
 それにしても、ソマリ人のお客さんを呼ぶための食事が、めちゃめちゃおいしそうで、大阪でもアフリカ料理を食べられる店はないかと食べログを検索してしまった。

 高野さんは、ソマリ人の行動力と実行の速さを常々感心しているが、本人も「いよいよ私がソマリランド流通革命を起こす日がやってきた」と日本の中古車ビジネスをはじめようとしたり、そしてそのために、自らが構成作家兼ディレクターとなってテレビ番組を作ろうとしたりと、ほんと尋常ではない行動力だ。


 どれだけともに時間を過ごしても、一定以上に仲が深まらないことにいらだっていた(ほんと恋ですね)高野さんも、ソマリ人の家に呼んでもらったり(押しかけてるような気もしたが)、最終的には料理を教えてもらって、ある程度の満足を得る。高野さんは『移民の宴』という、日本にやってきた移民の人たちの食卓を取材した本もあるし、現在は納豆の取材もしているそうなので、食事を取材することで、その文化を真に深く知ることができるのだろう。(高野さんに限らない話だと思いますが) 

  しかし、中盤以降は、平和なソマリランドから内戦状態のソマリアが舞台となり、前回の旅で知りあった、22歳という若さでケーブルテレビのモガディショ支局を仕切っている女傑・ハムディをパートナーに、一気に深刻な展開になる。


 まずその契機になるのが、便秘である。
 ソマリでは、カートという噛み煙草のようなものが嗜好品として人気があるそうなのだが(ソマリに限らず、お酒を飲まないイスラム圏で愛用されているらしい)、副作用として、ひどい便秘になるとのこと。ただの観光旅行のときですら、便秘(or 下痢)になったら、すべてがそれどころではなくなるのに、南部ソマリアで便秘である。この便秘との格闘の部分は、かなりリアルな描写なので(引用したい気もするが差し控えます)、“ながら読み”(食い)をする人はお気をつけください。

 便秘も解消してほっとしたのもつかの間、外国人ジャーナリストとして、ハムディとともに知事に同行している最中に、なんとイスラム過激派アル・シャバーブに襲われて、九死に一生を得る体験をする。途中までの、牧歌的、ある意味桃源郷のようにも感じられた素朴な日常との落差の激しさにおどろく。

 いや、もちろんそれまでにも内戦状態のソマリアについて描写されていたし、ソマリアのジャーナリストは常に命の危険にさらされていることも書かれていた。でも、やはり伝聞形式で読んでいるのと、実際に命が狙われた体験を読むのとでは違う。
 これは本の内容だけれど、自分が実際に旅行に行ったときも同じなのだろう。いくら危険なところだと聞いていても、いざ行くと、目の前で銃弾が発砲されているわけでもなければ、結構普通だな、想像していたより全然のどかだ、くらいに思ってしまう。けれども、危険な場面は、そんな一見普通の日常を切り裂くように突然おとずれるのだろう。


 「おわりに」では、ハムディがソマリアを脱出し(その経緯もかなり興味深いので読んでみてください)、ソマリとの縁も薄くなるかと思いきや、これまで蒔いていた種がいろんな形で芽を出しつつあるのが描かれている。ぽしゃったかと思った中古車ビジネスが軌道に乗りはじめたり、府中刑務所から海賊のソマリ人の通訳を頼まれたり(なにしろソマリ語ができる人なんてほかにいないので)、まだまだソマリとの関係は続きそうなので、この恋の行く末を見届けたいなと思った。