快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

どうしようもない日常を生きるには 映画「恋人たち」

 祝日の23日は水曜だったので、映画「恋人たち」を見てきました。
 橋口亮輔監督の作品は、「ぐるりのこと」も気になりつつまだ見ていないので、今回がはじめてです。

 ストーリーは、妻を通り魔に殺された男、雅子さまファンで、夫と姑と共に郊外で暮らす主婦、ゲイのエリート弁護士という三人の登場人物に焦点をあてた群像劇で、主役の三人とも、ふだんドラマや映画に出るような俳優ではなく、監督のワークショップから起用されたとのことで、はじめのうちは、まるでドキュメンタリーを見ているような生々しさを感じた。

 オーラというか、雰囲気や声がやはり人気俳優やタレントと違って、一般人っぽく感じられ、最初違和感があったけれど、しかしテレビや映画でよく見る俳優からは伝わらないような真に迫るものがあって、思わず話にひきこまれ、140分も長いとは思わなかった。(いつもは二時間超える映画は、長いな……と躊躇してしまうのですが)

 とくに、妻を通り魔に殺された男、アツシの演技には圧倒された。おそらく秋葉原事件をモチーフにしたような通り魔事件によって、三年前に唐突に妻が殺されたという設定である。ものすごく理不尽な悲劇だ。仕事どころでないのもわかる。それでお金がなくなり、健康保険も払えなくなるのも同情する。犯人を殺してやりたいというのもわかる。
 しかし、けど、それにしても……ええ加減にせえよ!いつまでメソメソしてんねん、と見ている方がイライラするくらい、いつまでも後ろ向きで、うじうじと鬱屈したさまをリアルに演じていた。

 そう、すべてにおいて、生っぽいというかリアルな映画で、主婦瞳子の家の生活感というか、あんな“実家感”、いままで映画で見たことがない。この瞳子の演技も、まさに体当たりで、スッピンに裸(ヌードではなく、あくまで裸)だけではなく、野ションまで演じている。
 監督のインタビューが掲載された『TVブロス』をあらためて読んでみたら、雅子さまに憧れる瞳子が書くロマンス小説は、ほんとうにこの女優さんが書いているものと語っていて、またまたおどろいた。あの一昔、というか二昔前みたいな少女マンガも実際に描いているものだろうか。

  ゲイの弁護士もイヤ~なやつなのですが、イヤミやキモさといったそのイヤ~な感じと、彼の報われない切ない恋心を矛盾することなく(見ているほうに感じさせずに)表現しているところが、監督と俳優の力量なんでしょうね。

 そして、これといった結末や、ハッピーエンドがあるわけではないけれど、なんとなく救われた気持ちになるエンディング。
 さっき書いたように、ええ加減にせえよと観客が思ってしまうような、どうしようもなさを三人とも抱えているのですが、この映画は三人を突きはなすことはなく、といっても、もちろん簡単に救われたりもしないのですが、三人は話を聞いてもらったり、あるいは感情を吐露したりと、自分と向きあう機会が与えられ、閉塞感のある日常から脱出――は無理でも、少し俯瞰して日常を受け入れられるようになる。

 アツシの話に耳を傾ける黒田大輔さんは素晴らしい演技だったけど、エリート弁護士が素直に感情を吐露するところも、胸をうつものがあった。
 しかし、どうして「恋人たち」というタイトルになったのか、思いをはせてしまう。いわゆる普通の、幸せな恋愛はここには存在しない。この映画での「恋人」とは、失われているか、あるいは最初からそんなもの幻だったか、である。それでもなお、そういうものが必要だとーー求めてしまうものだということだろうか。

 そうそう、リリー・フランキーもアツシのウザい先輩役で出ていて、結構笑えたけれど、予告編でかかっていた、リリーさん主演の謎の貝の映画???っていったいなんだったんだろう。