快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

女が強くなるとき――『ナオミとカナコ』(奥田英朗)

「あなたの親は、とうして離婚しないのですか?」朱美が不思議そうに聞く。
「さあ……」直美は首を傾げつつ、「たぶん、母に一人で生きて行く自信がないからだと思います」と答えた。
「日本の女の人、みんなやさし過ぎるのことですね。前にも言いましたが、上海の女の人はみんな気が強いです。我慢して結婚生活を続けるなんてことは絶対にありえません」 

 遅ればせながら、奥田英朗の『ナオミとカナコ』を読んだ。で、ここからはすべてネタバレになるかもしれませんが…… 

ナオミとカナコ

ナオミとカナコ

 

  というか、少し前にドラマ化されたので、ストーリーはみんなご存じかと思いますが、大学時代からの親友同士の直美と加奈子が、加奈子に暴力をふるうDV夫・達郎を殺す物語である。桐野夏生の『OUT』と似たテイストと言えるが、『OUT』ほど重くなく、軽やかなスリリングさと、奥田英朗らしい温かみとユーモアのある人物描写で一気に楽しく読めた。


 AMAZONのレビューでも指摘されているように、たしかにふたりの犯罪はあまりに素人臭い。いや、それゆえに足がついて、どんどんと追いつめられるサスペンスなのだが、それにしても、足がつくきっかけとなった防犯カメラのこともまったく考慮していないし、共犯者であるふたりが、どこかしらには履歴の残るメールでしょっちゅうやりとりしたり、犯行後も頻繁に会って、なんと直後にお祝いの温泉旅行に行ったり、加奈子はさっさと再就職して働き、マットレスやシーツもすぐに新調し、しかも部屋のインテリアも速攻変え、とそりゃ達郎の実家から疑われても仕方がない。

 でも、こんな甘ちゃんのふたりだからこそ(どこまで作者が意図したのかはわからないが)、達郎を殺す計画を立てるワクワク感(死体を埋める場所を下見するところなんか、まるでピクニックのようだった。最後にはやはり日帰り温泉に行くし)と、計画通り殺したあとの純粋な喜びや解放感が素直に伝わってきた。
 私もウザい夫がいたら殺したい!と思った。幸か不幸かおらんけど。

 また、これも指摘されていたことだが、直美が自分の人生も破滅するのに、友人の夫を殺そうとするのもちょっと納得しがたいものはあった。一応、自分の父親も母親に暴力をふるっていたという背景は用意されているのだが、それでもさしたる躊躇もなく、というかわりとすぐに、殺したる!って思いこむのはあり得ない気もするが、それゆえにすごくスピーディーに物語が進むので、そんなにはひっかからない。

 いや、傑作『最悪』や『邪魔』のように、じわじわと登場人物の心情と追いつめられていくさまを描いた小説ももちろんいいのだけれど、いまの時代には、これくらいスピーディーなものが求められているのかもしれない。ただ、直美の動機は少々強引なところがあるが、直美がデパートでの仕事を通じて、犯罪すれすれの中国人実業家・李朱美と知りあったことにより、強くなっていく過程は説得力があった。

 そう、この小説の一番の読みごたえは、「ナオミとカナコ」のふたりが、どんどんと強くなり、たくましくなっていくところだった。直美は李朱美との丁々発止のやりとりで、殺人すらも怖くないほど強くなるのだが、直美に引っ張られる形だった加奈子は、夫を排除したことにより決定的に強くなる。
 警察も会社も失踪と片付けようとした事件をひとりで調査した、達郎の妹である陽子と対峙しても、警察に取り調べをうけても、ひるむことはない。
 

達郎を殺さなければ、殺されていた。あるいは一生、奴隷のように扱われた。仕方がないじゃない――。……
わたしは捕まらない――。

  

 そういえば『OUT』も主人公雅子がどんどんと、おそろしいほど強くなっていった。やはり夫を殺したら(雅子が夫を殺したわけではないが)強くなれるのか――いや、夫がいなくてよかった。危ないところでした。

 ところで、ドラマ版では、たしかこのDV夫を佐藤隆太が演じたんでしたっけ。ドラマは見てなかったけど、佐藤隆太のDV夫ってイメージ違うなとは思っていたのですが、どうだったんだろう。ちなみに陽子は、吉田羊が演じていたらしい。ということは、姉に改変していたのでしょう。犯人を追いつめる吉田羊は、逆にイメージに妙にはまってて、それはそれで怖い。