快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

動物とは結びつくことができるのに、人間を愛することは難しい駄目な人間たち――R. L. Maize『Other People's Pets』

猫や犬たちが感じている痛みや苦しみが自分にも伝わったらいいのに――

猫や犬などの動物とともに暮らしている人なら、誰でもそう願ったことがあるのではないでしょうか?

動物はとても我慢強く、「痛い」や「苦しい」となかなか言わないので、人間が気づいたときには悪化していたということも少なくありません。
もし彼ら彼女らの苦しみを自分の身体で感じることができれば、どこが痛いのかすぐにわかることができれば、もっと深くわかりあえて、もっと長くともに生きることができるのに……

前回紹介したケヴィン・ウィルソンが推薦文を寄せている、R. L. Maize『Other People's Pets』は、そんな不思議な能力“Animal Empath”(動物との共感)を持つラーラを主人公とした、一風変わった物語。

冒頭、1999年の冬、コロラド州に住む幼いラーラは湖の上でアイススケートをしながら鳥を追いかけ、湖にあいた穴に落ちてしまう。穴から脱出しようとしても、スケート靴が重く、身体を持ちあげることができない。
一緒に来ていた母親のエリッサの方を振り返り、「ママ」と声をあげる。

ところが、エリッサはラーラを見捨て、どこかへ消えてしまう。ラーラは必死に手足を動かしてもがく。すると、どこからともなく黒い犬があらわれる。ラーラは犬を目がけて泳ぎ、なんとか氷の端にしがみつく。もうひとりじゃない。

そうしてラーラは無事に救助隊に助けられる。通りすがりのカップルが犬に目を留め、それからラーラを発見し、救助隊を呼んだのだ。犬はまたどこかへ姿をくらます。

次の朝、つがいに呼びかけるハトの鳴き声を聞いたラーラは、ハトの胸の高まりに呼応して、自分の鼓動も早くなっていることに気づく。このときから動物の気持ちが伝わるようになった。

この事件のあと、エリッサは家を出る。またも捨てられたラーラは、普通の人とはかなり異なった人生を歩むことになる。

といっても、動物との共感能力があるからではない。
ラーラの父親ゼヴは錠前師として通っているが、その本業は泥棒だったのだ。男手ひとつでラーラを育てることになったゼヴは、自らの職場、つまり他人の家にラーラを連れていき、泥棒の技術を教えこむ。しかし、とある事件をきっかけにラーラは泥棒から足を洗う。

それからラーラは動物に共感できる能力を活かし、獣医学部の学生となる。カイロプラクターの恋人クレムと一緒に暮らし、学校を卒業したら結婚しようと約束する。

だが、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。ゼヴが捕まった。
盗みに入った家で倒れている老人を発見し、あわてて救急を呼んだせいで犯罪が発覚したのだ。さらにゼヴは老人を殺した容疑までかけられてしまう。

なんとしてもゼヴを救いたいラーラは、敏腕弁護士オバノンに依頼したい。
でも、そんな金はどこにもない。ラーラはひとりで泥棒業を再開する。苦しんでいるペットがいる家に忍びこみ、ペットを治療するついでに現金や金目のものを奪う。動物を治療する奇妙な泥棒がいると噂が立つ。

盗みの合間に、ラーラはエリッサの行方を探しはじめる。苦境に陥ったゼヴや自分を助けてくれるにちがいない。だって母親なのだから……

と、動物との共感のみならず、泥棒稼業(家業)まで加わり、かなりヘンテコな要素が渋滞した物語である。

この小説に出てくる人間たち全員、問題を抱えている。
ラーラを愛しているが、まっとうに生きることのできないゼヴ。
ラーラを愛することができなかったエリッサ。

そんなふたりに育てられたラーラは、孤独感や見捨てられ恐怖を常に抱いている。泥棒業からいったん足を洗うきっかけになった事件も、その孤独な心が招いたものだった。

恋人のクレムは誠実な人間だが、世間の人にcivility(親切心)を思い出させるために、「ちょっといい話」を集めたブログを運営するという、これまたちょっと変わった善人であり、ゼヴとラーラの生き方を受けいれることができない。

そんな奇妙な人間たちに寄り添うのが、動物たちだ。
エリッサが置いていった猫のモー。ラーラとクレムがシェルターから引き取った犬のブラックとブルー。駄目な人間たちとちがい、彼ら彼女らはけっして人間を見捨てることはない。人間とはうまくつながることのできない登場人物たちも、動物のことは裏切るまいと努力する。

ゼヴとラーラ、そしてエリッサといった歪さを抱えた登場人物が、動物たちとの絆によって、自分の生きる道にたどりつく姿が心に残る。ゼヴとラーラ、それぞれの救世主となる人物も、動物との縁によって導かれる。

作者のR. L. Maizeは、2019年に短編集『We Love Anderson Cooper』でデビューした新人作家であり、この『Other People's Pets』が初の長編となる。

『We Love Anderson Cooper』といっても、アンダーソン・クーパーは出てこない。

表題作の「We Love Anderson Cooper」は、同級生の男子に恋をしているユダヤ人の少年が、バル・ミツヴァー(ユダヤ教の成人式)で同性愛を禁じた「レビ記」を読まされそうになるのに抵抗する物語。

表題作には動物が出てこないものの、そのほかの短編は、ユダヤ人であるバリーが愛猫マックの気持ちをひとり占めしようとする「The Infidelity of Judah Maccabee」、父親を突然亡くしたシャーロットに母親が鳥を与える「No shortage of Birds」、不思議な能力を持つ猫を描いた「A Cat Called Grievous」、思いがけない事故で愛犬を失った「Ghost Dogs」など、やはり動物の話が多い。

『Other People's Pets』の最後に載っているインタビューで、R.L.Maizeはこう語っている。

I thought it would be interesting to write about a character who understands animals and is very attached to them but who has to learn to love people.

動物を理解して深く結びついているが、人間を愛することを学ぶ必要のある人物を描きたいと思ったようだ。

どうして動物というテーマに魅かれるのかについては、こんなふうに答えている。

Often their lives are shorter than ours.  So it’s important to cherish them while they’re here and also to take care of them as best we can.

そう、猫や犬の寿命は人間よりも短い。だからこそ一緒にいられる時間を慈しみ、彼ら彼女たちが幸せに暮らせるように、ありったけの愛情を降りそそがないといけない……

一緒にいられる時間が限られているからこそ、動物と人間の結びつきを描いた本は切なく、それゆえに強く心がひきよせられてしまうのだろう。