快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

これが私の生きる道??? 『れんげ荘』(群ようこ)

 前回の続きですが、これからの女子が生きるにはどうしたらよいか?? というと、なんだかオーバーですが、多少なりのヒントを求めて、群ようこ『れんげ荘』を読んでみました。 

れんげ荘 (ハルキ文庫 む 2-3)

れんげ荘 (ハルキ文庫 む 2-3)

 

 群さんの本を読むのはひさしぶり。無印シリーズの頃から、その時代ごとの”ふつう”の女性の生態を軽妙に切り取ってきた作者ですが、不景気で停滞するいまの時代を生きる女性はどんなふうに描かれているのだろう? と興味がありました。

キョウコは会社に勤めているときに、歓送迎会で来たことのある町を歩いていた。四十五歳になってはじめて実家を出ようと決めた日、ふと頭に浮かんだのがこの町だった。駅前は再開発でビルが建ち並んでいるが、少し歩くと古くからの住宅街が広がっている。駅周辺は今風の格好をした若者たちが多いが、それにまじって古くからの住人とおぼしき、高齢者の姿も多い。(ここだったら、まぎれて暮らせる)
 東京生まれで東京育ちのキョウコが、はじめて自分の意志で住むのを選んだ場所だった。 

と、冒頭部にあるように、四十五歳のキョウコはそれまで勤めていた会社を辞めて、実家を出てひとり暮らしをはじめる。それまで広告代理店で忙しく働いてきたので貯金もあり、退職金とあわせると、月十万円で生活すると今後働かなくてもやっていけると計算したのだ。

 家賃三万円のアパート「れんげ荘」に移り住み、あたらしい生活を開始する。若い板前見習いのサイトウくん、謎めいた過去のありそうな初老の婦人クマガイさん、物置に住む「職業:旅人」のコナツさんといった隣人たちに囲まれた生活がはじまった……


 と書くと、ユートピア、あるいは桃源郷みたいなふわふわした生活を描いた映画やドラマのような物語に思える。あるいは、キョウコ自身も憧れる森茉莉の『贅沢貧乏』みたいな話かと思うかもしれない。
 けれど、群さんはもっとビターな現実を描く。当然のことながら、古い木造アパート「れんげ荘」は、夏は暑く冬は寒い。ミミズやなめくじや蚊にも襲われる。これだけで私は無理だなと思った。


 そしてなにより、キョウコが仕事も辞めて家も出るに至った理由が、毒親といえる母親の存在だという点が、いまの時代のリアルだなと感じた。世間体や見栄が一番大事で、マイホームや贅沢な生活を求めて、父の給料に文句を言い続け、父がローンを返し終えるやいなや亡くなったあとも、あらゆる愚痴をキョウコにえんえんと垂れ流す母から離れたかったのだ。

 最初は仕事を辞めたことも、新居の詳細についても、母親には語らず家を出たキョウコだったが、やがて母親もキョウコの現在の生活を突き止める。そして案の定、「れんげ荘」に押しかけてきてヒステリーを起こす。

「大学まで出して、名前の通った広告代理店に勤めて、どうしてこんなことになるのよ。これってお母さんに対する嫌がらせじゃないの」
まさか、そういう部分もありますともいえないので黙っていた。

「人から見て物置みたいでもね、私にとってはほっとする場所なのよ。お母さんがいるあの家よりずっとねっ」

 とは言え、実家よりほっとする場所ではあるのはたしかだが、キョウコはいまの生活に安らいでいるわけでも、のほほんと暮らしているわけでもないこともリアルだった。仕事を辞めたくて辞めたはずなのに、しょっちゅう「こんなことでいいのだろうか」と不安になる。

「何かやらなくちゃ」
とやらなきゃならないことを、つい探してしまう。そして何もやらなくていいとあらためて認識したとき、ほっとするのとやることがない虚しさが同時に襲ってくるのだった。

森茉莉って、すごいなっってあらためて思ったわ。あの人は無職じゃなくて、書く仕事があったけど、よっぽど精神的に強くないと、ああいう生活は続けられないのね。私なんかここに来て、まだ三か月くらいしか経ってないのに、カビが生えただけでがっくりきちゃって」

というのは、まさにそうだろうなって思う。ふつうの人間が森茉莉みたいな域にはなかなか到達できない。私も仕事辞めて、本を読んで暮らしたいと常々思っているが、ほんとうに仕事を辞めたら、精神的に不安定になりそうな気がする。凡人はヒマだとろくなこと考えないのだ。以前ここでも紹介したphaさんみたいに、コミュニティでも作ったらまた違うのかもしれないが、ひとりで無職となると、気楽というより修行めいてきそうだ。

 それでも、キョウコはこの無職の生活を続ける。きっと、これまで母親と広告代理店の空虚な仕事(実際の代理店の仕事が空虚かは知らないが、この本で描かれている仕事)からのダメージがあまりにも強かったからだろう。

 この「れんげ荘」シリーズには続編もあるので、キョウコがこれからどうなるのか、やはり仕事はしないのか、母親との関係は変化するのか、そしてこの本の中にも、地震が起きたらこのアパートは潰れてしまうというセリフがあるが、大震災以後の生活は描かれているのか、読んでみたいと思った。