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快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

奇想とシビアの現実とのぬきさしならない関係 『元気で大きいアメリカの赤ちゃん』 ジュディ・バドニッツ

 ジュディ・バドニッツというと、すごい奇想を描いている作家と思っていたが、この『元気で大きいアメリカの赤ちゃん』を読むと、ただ現実離れした設定を綴っているのではなく、物語の背後にどっしりとシビアな現実が根ざしているのを感じられた。 

元気で大きいアメリカの赤ちゃん

元気で大きいアメリカの赤ちゃん

 

  奇想とシビアな現実の関係は、「元気で大きいアメリカの赤ちゃん」というタイトルのもとになった『わたしたちの来たところ』にも顕著にあらわれている。


 望まれない娘として生まれたゆえに、逆に<プレシャス>と名づけられた娘は、わけのわからないまま妊娠させられたお腹をかかえて、国境を渡ってアメリカに行くことをひたすら夢見ている。 

 アメリカに行きたい、と彼女は思う。国境を越えたらすぐ、ただで皿洗い機がもらえると聞いたことがある。アメリカのお店には品物がなんでも百個ずつあって、一生かかっても食べきれないくらいの食べ物がはるかかなたまで並んでいるのだそうだ。仕事だってしようと思ったらいくらでもある、なにしろアメリカ人ときたら世界一ものぐさで、お金を払って他人にやってもらえることは何ひとつ自分でやろうとしないのだから。

  そして国境を渡るまでは子供を産むないと決心し、「元気で大きいアメリカの赤ちゃん」とひたすら呪文のように唱え、妊娠したまま何年も時が経つ。

 こんなひどい国に生まれるよりも、お腹のなかにいるほうがずっと安全なの、そう彼女は答えるものの、本当は国境を超える目的で頭がいっぱいで、もはや外界のできごとなど目に入らなくなっている。戦争も飢饉も平和も繁栄も、彼女にとっては同じこと。アメリカだけが唯一の道、ただ一筋の希望の光だ。

  また、『ナディア』という短編のナディアも、戦乱の国から「わたしたちの友だちのジュエル」の「写真花嫁」としてやって来る。ジュエルはカタログをいくつも取り寄せ、比較検討して彼女を選んだのだ。カタログで選んだのにもかかわらず、ジュエルは彼女を深く愛するようになる。
 
 どうしてジュエルは、前の奥さんでもなく、女友達の「わたし」「わたしたち」でもなく、遠い国から来てたどたどしい英語を話すナディアを愛するのか? ナディアでないと愛せなかったのか? と疑問を感じてしまう。そして物語の結末になって、それまで心情を多く語らなかった「わたしたち」が動き出し、意外な展開になる。
 恋愛、あるいは性愛における格差の問題といってしまうと、単純なフェミニズム的な読みに回収してしまうようで、一面的でおもしろくないようにも思えるのも事実だが、『変愛小説集』にも収められている『母なる島』でも、やはり性愛と征服の関係が描かれているので、あらためて考えさせられる。 


 あと、大人になった主人公と親との関係を描いた『流す』や『来訪者』も、非常に共感できる話でおもしろく読めた。
 『流す』では、腫瘍におびえマンモグラフィーの検査を受ける母親のもとを、主人公とその妹がかわるがわる訪れる。主人公は母親の検査に付き添い、母親の身体に増殖する(かもしれない)癌細胞のことを考える。そして両親は主人公のことを思い、行きも帰りも空港まで付き添う。

  空港まで迎えになんて来なくていいと言っておいたのに、あんのじょう両親は来ていた。タラップを降りた瞬間にわかった。

 

 わたしが帰る日曜の夜、来なくていいと言ったのに、両親は空港までついてきた。(略)

 搭乗口で別れのあいさつをした。わたしのハグはぎこちなかった。赤ちゃんにげっぷをさせるみたいに、二人の背中をぽんぽんと叩いた。

もう帰っていいと言ったけれど、飛行機が無事に飛び立つまで帰らないのはわかっていた。いつもそうなのだ。

  主人公、妹、母親がお互いを思いやる気持ちが、癌細胞がみごとな媒介となって伝わってくる短編だった。


   『来訪者』は、緊張感あふれる背景と、とぼけた母親とのかみあわない会話がえんえんと続くのがおかしい。母と子の関係というのも、バドニッツのテーマのひとつのようで、『奇跡』では、黒い赤ちゃんが産まれたことに戸惑う主人公が描かれていて、最終的には、「香水瓶の蓋をねじって取るみたいに赤ん坊の首を取ることを考えて」しまう。けどたしかに、首ががくがくしている赤ちゃんを抱くと、つい首をへし折りたくなるのはわからないでもない。(なので、ふだんは近づかないようにしていますが)


  この本について検索したところ、こちらに訳者の岸本さんのインタビューが出ていました。バドニッツの話だけでなく、好きな映画や日本翻訳大賞についても語られていて、非常に興味深く、ためになる(?)インタビューでした。

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