最強のブックガイド 岩波書店のPR誌『図書』「岩波文庫創刊90年記念 私の三冊」
たまたま書店でもらった、岩波書店のPR誌『図書』の臨時増刊「岩波文庫創刊90年記念 私の三冊」が結構おもしろかった。
タイトル通り、さまざまな人が岩波文庫から三冊取りあげ、その理由や簡単な紹介を書いているだけなのだけど、なんといっても岩波文庫のラインナップの幅広さゆえに、えっ、こんな本が文庫であったの!の連続で、読んでいて飽きない。
いくつか挙げてみると、上野千鶴子は『コリャード 懺悔録』を紹介している。
「日本を訪れたイエズス会宣教師たちが祖国に書く送った日葡対訳の報告書が、数奇な運命をたどって翻訳された。こんひさん(confession)のなかの『姦淫』の項が、近代以前のセクシュアリティを知る上で、わけても興味深い」とのことで、そう、ちょうど先日ここで紹介した、星野博美の『ずっと彗星を見ていた』の関連本のようで読んでみたくなった。近代以前のセクシュアリティっていうのが、なんというか、上野節ですね。
で、フェミニストつながり、と雑なことを言ったら怒られそうですが、北原みのりは『おんな二代の記』(山川菊栄)をあげており、「『大杉栄の恋愛事件は、彼がもてすぎたからではなく、お金がなさすぎたから』そんな恐いことをサラリと書く山川菊栄」と紹介している。
これもここで紹介した、栗原康の『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』に通じる本であり、この栗原康の本でも、山川菊栄は伊藤野枝のライバル(いや、論争相手ですが)として登場している。そんな山川菊栄が大杉栄のことをなんと言ってるのか、ちょっと気になる。
そしてまたフェミニズムつながりですが、以前紹介したアディーチェの『We Should All Be Feminist』の翻訳者、くぼたのぞみは『ウンベルト・エーコ 小説の森散策』(和田忠彦訳)をあげている。
なんでも「チママンダ・ンゴズィ・アディーチェが多用する技法をフラッシュ・フォワードと呼ぶことを遅ればせながらこの本で知った」とのこと。エーコの理論についていけるかは自信がないが、いったいどういう技法なのか知りたい。
小説では、夏目漱石やフローベールが多くに選ばれているのはまあ当然ですが、保坂和志や恩田陸がコンラッド『闇の奥』(中野好夫訳)を選んでいるのが興味深い、というか納得。
また、『やし酒飲み』(エイモス・チェツオーラ 土屋哲訳)も複数から選ばれていて、ドイツ文学者・翻訳家の松永美穂によると「奇想天外で豪快なアフリカの小説。生と死、人と界の境界線が軽々と越えられていく。翻訳の文体もおもしろい」とのことで、前から気になっていたけれど、こりゃほんと読まないと!と思った。
あと、ギリシア悲劇の代表といえる『ソポクレス オイディプス王』(藤沢令夫訳)も大澤真幸、金原瑞人、古井由吉に選ばれている。金原さんは「『アーサー王』『カラマーゾフ』『スターウォーズ』にまで受け継がれていく父親殺し」と書いていて、私は”父親殺し”というと『海辺のカフカ』がすぐに思い浮かぶのだけど、そういったあらゆる小説の原点なのかもしれない。ちなみに、古井由吉はコメントなし。(この本だけではなく、ほかの二冊についても書名のみ。さすが御大ですね)
さっきも書いたけど、やはり夏目漱石はたくさん選ばれている。数えてないけれど、一番選ばれているのではないだろうか。しかも一作品に偏らず、さまざまな作品が選ばれているのがさすがだ。
小説はぜんぶ(新潮文庫で)読んでいるのだけど、加藤陽子が推薦している『漱石書簡集』(三好行雄編)には心ひかれた。なぜかというと、1906年の森田草平宛書簡にはこう書かれているらしい。
「君なども死ぬまで進歩するつもりでやればいいではないか」
死ぬまで進歩……いい言葉だ。