レキシの池ちゃんにもオススメの『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』(高野秀行と清水克行の対談本)
さて、『世界の辺境とハードボイルド室町時代』(さんざんネタになっているが、もう元ネタがいったい何なのかわからなくなっている)に続く、高野秀行&清水克行の対談本第2弾、『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』を読みました。
第2弾といっても、それぞれの専門分野(高野さんの辺境、清水さんの中世)を縦横無尽に語りつくした第1弾と異なり、今回はさらに見識を深めるべく(というか、ただでさえ常人離れした知識を誇るふたりなのに)課題本を読んで語りあう読書会形式となっている。
ちなみに、清水さんの前書きによると、第1弾が好評だったので続編を、という話は早くからあったらしいが、高野さんがストイックな姿勢を示したらしい。
いわく、前著は「世界の辺境」と「日本の中世」のミスマッチのインパクトがウケたのであって、二番煎じは当然、そのインパクトが薄らいでしまう。コンビは解消して、これからはお互いの専門分野に立ち返るべきである。
このくだりで、高野さんらしいなーと思った。
これまでの本も、ほんと感心するくらい調査対象がばらばらで(もちろん「辺境」や「謎の生物探し」というテーマはあるが)、どれだけ評判がよかったものでも、絶対に二番煎じや焼きなおしをしない、自らに厳しい規律を課していることがよくわかる。
「ミャンマーのアヘン栽培の本がおもしろかったから、またアヘンの本を出したらいいのに」や、「三畳記に感動したので、もっと自分の青春話も書いたらいいのに」という声も多くあったのではないかと思うけれど、一度書いたことをけっしてくり返さない。味のないガムをいつまでもしがんだりはしないのだ。
しかし、高野さんの本はそこいらの身辺雑記ではなく(身辺雑記ですら、焼きなおしみたいな本を出すひとも多いのに)膨大な取材にもとづくものなので、毎度毎度その対象を変えるのは、尋常じゃなくたいへんなのではないかと思うのだけれど……
前書きで長くなってしまったが、そんなふたりが選んだ課題本はどれもとてつもなく濃厚だった。
私がとくに興味深く感じたのは、「言語」をテーマにした本で、まずはジュンク堂大阪書店の「翻訳難産フェア」にも取りあげられていた、アマゾンの奥地に住む少数民族のルポタージュである『ピダハン』。
- 作者: ダニエル・L・エヴェレット,屋代通子
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 2012/03/23
- メディア: 単行本
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『ピダハン』では、キリスト教伝道師かつ言語学者である作者が(そんなものが両立し得るのかと高野さんも疑念を呈しているが)、文字のないピダハンに聖書を与えるべくピダハン語を習得しようと格闘する過程を綴っている。
しかしその結果、作者は、何百年にもわたって文明の影響を受けなかった、ピダハンの独特すぎるライフスタイルや哲学をつくづく思い知らされ、「すべての言語には共通する基本ルールがあり、そのルールは脳に由来するというノーム・チョムスキーの『普遍文法』理論に疑問を抱き」、さらには、「自らの信仰にも揺らぎが生じ、無神論へと」傾きはじめるようになる……という本らしく、ピダハンの生態ももちろん知りたいが、作者がこれからいったいどこへむかうのかも、めちゃくちゃ気になる。
この本によると、狩猟民族であるピダハンは、食料を保存する習慣もなく、あったらあるだけ食べ、なければ食べない。一日三食という概念も当然ない。自由でシンプルだ。
清水さん曰く、中世の日本人も似たような考え方を持っていたらしく、『古語雑談』という本によると、中世の辞書には「懈怠」と「懶惰」という言葉があり、どちらも「怠ける」という意味なのだが、懈怠は「今日やることを明日やること」で、懶惰は「明日やることを今日やること」とのこと。
なんと、「明日やることを今日やること」が怠けになるとはおどろきだ。
私たちの価値観では、なんでも早いに越したことはない、Sooner is better. だと思いがちなのだけど、「中世人は必要以上の仕事をやることを良しとしない」らしい。この価値観はぜひとも職場で広めていきたい。
言語をめぐる謎は、アマゾンのピダハンに限らず、身近な日本語にもたくさん秘められている。
この『日本語スタンダードの歴史』では、いわゆる「標準語」とはいったいどうやって成立されたのか? がテーマになっている。
その謎を解く鍵は、室町時代にある。「現代日本語の源流についても、約五百年前、すなわち応仁の乱以降の15・16世紀の日本語を眺めれば足りる」らしい。
そもそも、言語に限らず、日本人の生活文化の基礎は室町時代にできたようだ。あの「応仁の乱」が、ありとあらゆる点で分水嶺になったらしい。だから、書籍の『応仁の乱』もあれだけのベストセラーになったのだろうか。
また、この本では「言文一致」についても考察しているらしく、作者は明治期の小説における文語体・口語体の比率を調べ上げて、1900年(明治33年)に口語体の小説の優位が確立したことを明らかにしているらしい。
国語の授業で、明治になって二葉亭四迷などが口語体で小説を書き始め、文語体の小説が廃れていった……と漠然と習っていたが、実際に統計をとって示されると、なんだか心底納得してしまう。
いや、言語をテーマとする本についてだけで長くなってしまったけれど、この対談本では、ほかにもイブン・バットゥーダ『大旅行記』全八巻(「誰がこんなの課題図書にしたんだ!」と高野さんは思ったらしい。自分で選んだというのに。おかげで、清水さんは貴重な夏休みを棒に振ったそうだ)や、町田康『ギケイキ』といった、華々しい歴史大作についても語りあっていて(おそらく、そのあたりがこの本の目玉だと思われる)、登場人物へのツッコミ(バットゥーダが女好きだとか、弁慶がTwitter攻撃を仕掛けるくだりとか)だけでもじゅうぶんおもしろい。
また、『世界史の中の戦国日本』の項では、ザビエルは現代のバックパッカーと同じように、その場のノリで日本に来たのではないかと推測したり、『将門記』の項では、「私が天皇になってなにか問題でも?」と、しれっと手紙を送る将門のキャラについて語りあったりと、ふたりの想像力(妄想力?)はとどまるところをしらない。
『列島創世記』の項では、「『縄文から弥生へ』と一言で言ってしまうと、稲作が始まらなかった北海道や沖縄の文化を遅れたものと見なすことにもなってしまう」という清水さんの発言を読んで、つい、レキシの池ちゃんに言わないと! 「狩りから稲作へ」って簡単に歌っていいの?? と思ってしまった。
旧石器・縄文・弥生・古墳時代 列島創世記 (全集 日本の歴史 1)
- 作者: 松木武彦
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2007/11/09
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と、この本を読むだけでも、じゅうぶん物識りになったような気になるし、さらに取りあげられている本を実際に読んでみると、もう常人の世界には帰ってこれないほど(?)膨大な知識が身につくことまちがいなし、のオススメ本です。
まあ、私も『大旅行記』全八巻を読むことはないと思いますが……