快適読書生活  

「ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね」――なので日記代わりの本の記録を書いてみることにしました

納豆は日本にしかないって? なわきゃない 『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』(高野秀行著)

 さて、前回の『旅はワン連れ』では、片野家(高野家)の犬連れタイ旅行が描かれていましたが、”お父さん”である高野秀行さんは、納豆のルーツを探るという取材も兼ねていたようです。 

謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉

謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉

 

 少し前に『間違う力』も再読したら、そこでは高野さんの特徴として、「初手から間違っている」が「間違ったまま突っ走る」と書かれており、この本も同じくというか、いや「納豆のルーツを探る」という目的は何ひとつ間違っていないのだけれど、やはり突っ走り方にものすごいものがあった。 

間違う力 オンリーワンになるための10か条 (Base Camp)

間違う力 オンリーワンになるための10か条 (Base Camp)

 

 正直、私は納豆好きだけど(最近は関西人もかなり納豆を食べると思う)、そのルーツや世界各地の納豆に思いを馳せたことなどはなく、「アジアのせんべい納豆っておいしそうやな~」くらいの気持ちで、この本を読みはじめたのだが、納豆のルーツを探して、高野さんのホームグラウンドといえるタイ北部からミャンマーの紛争地域を駆けまわり、そして日本に戻って日本納豆の発祥地と言われる東北地方を取材し、そしてブータンの難民キャンプにまで納豆を求めて入り、ついには少し前まで首狩りの風習が残っていた秘境ナガ族の村や中国の苗族自治州に足を運び、また日本に戻って、幻の「雪納豆」を試作する……と、尋常じゃない探究ぶりに、いつものように圧倒された。


 先の『間違う力』で、高野さんは自分の本を「文学とか情緒に頼らず、とにかく科学的に実証的に書いていく」と綴っていたけれど、この本はとくに実証的に書かれており、取材対象もきちんと存在するため(え、当たり前じゃないかって? いやUMA(幻の珍獣)のように存在しない(と思われる)ものを追い求める本も多いのです)、ほかの本よりおもしろおかしい要素は少ないが、最後まで読み進めると「知の刺激」というようなものを感じられた。


 「納豆は辺境地の民族が食べるもの」という指摘には深く納得した。海に近い開けた平野部では食べるものがたくさんあり、あえて納豆を常食する必要はない。タイやミャンマーでもバンコクなどの都市部ではなく、北の山岳地方の民族が作って食べている。そして日本でも「蝦夷民族由来」という説があるように、東北の山間部が発祥地とされている。

 そしてもっと大きく見ると、中国を中心とする東アジア文化圏で、納豆を好んで食べるのはタイやミャンマーの山岳部、日本に韓国とやはり「辺境地」なのだ。(中国の漢民族は基本的に納豆を食べる習慣がない) 内田樹も『日本辺境論』を書いていたように、当然ながら日本は世界の中心でもなんでもなく、世界の、そしてアジアから見ても「辺境地」である。 

日本辺境論 (新潮新書)

日本辺境論 (新潮新書)

 

 なんだか社会的、あるいは時事的なメッセージみたいですが、この本の一番大事なところは、高野さんが納豆を取材し始めた動機――納豆は日本にしかないものだと言いたがる人たちに向けて、そんなことはないと否定したかったということだと思う。日本人は外国人に対してすぐに「納豆は食べられますか?」と聞きたがる。(私も聞いたことあるかもしれない)

 (その答えが)「食べられません」だと、「やっぱりね」というように、どことなく優越感を漂わせた顔をする。まるで納豆が日本人に仲間入りするための踏み絵みたいだ。
 その度に「納豆は日本人の専売特許じゃないだろう……」と強い違和感がこみあげる。シャン族やカチン族の納豆を思い出すからだ。

 最近「日本すごい」「こんなものは日本しかない」みたいなコンテンツも多いようですが(よう知らんけど)、外国のことを知れば知るほど、日本(日本人)と外国(外国人)はそう隔たっていないこと、当然ながら日本も世界のひとつのパーツなのだから、ということがよくよく実感できるのではないかと思う。

 今後、日本国内や国際的な基準で「日本の納豆菌を使用していなければ『納豆』と認めない」とか、「ワラから採集した納豆菌で作っているものだけが『納豆』だ」などと決められるかもしれないが、一般の人間には関係ない話である。……
 納豆は納豆。それだけだ。

 でもほんと納豆を食べたくなる本だった。ごはんにかけるだけじゃなく、納豆オムレツに納豆チャーハンも食べたくなった。東北地方では納豆汁が広く食べられているそうだが、たしかに味噌汁に入れるだけでもおいしい。高野さんはラーメンに入れることもお勧めしている。

 簡単に作れるということもはじめて知った。日本では納豆菌=ワラという固定観念があるが、アジアのように何らかの葉からでも作れるし、そこまでしなくても、市販の納豆を混ぜることで簡単にできるようだ。チャレンジしようかな。
 あと、この本で紹介されていた朝鮮半島で食べられているチョングッチャン(納豆チゲのようなものらしい)もおいしそうだ。次こそは現地取材してほしい。いや、自分で現地に食べに行こうかな。